2007年02月08日

体験記2

61歳男性の体験記の修正版をここに掲載いたします。

    体験記
              男性61歳(東京都新宿区在住)

 私が9歳の時、初めてぜん息の症状が出ました。息ができない苦しさは本人にしか解らないつらいものです。
 このとき以来、「治りたい」、「治るなら何でもしよう」と思い医師に指示された薬物療法は勿論のこと、漢方薬の服用、鳥の生き血やなめくじを飲んだり、等々、西洋医学から迷信に至るまで、あらゆる試みをして参りましたが十分な効果は得られませんでした。代わりに体力造りに励みました。
 体力がついてくるに従い発作の頻度は減ってきましたが季節の変わり目には、定期的に発作が起き、安定した生活ができない状態が続いていました。
 50才を過ぎた頃、花粉症によるアレルギー性鼻炎が進行しているなか、ぜん息の発作が起き、寝たきり状態になってしまいました。病院での治療は「ぜん息は治りませんからね」と、まともに相手にされず、対症療法(一時的に症状が改善されても薬を止めれば再発し悪化)である気管支拡張剤・ステロイド・抗アレルギー剤などを使い続ける、まさに薬漬けの毎日でした。しかし、強烈な発作にはこれらも効果なく、苦しみのどん底に喘ぎ、死を考えるようになりました。またステロイドの副作用で身体の部位に異常が起き、別の不安も抱えることになりました。
 3年間苦しんでいたある日、近くの本屋さんで「ぜん息は治る」(長屋宏著)という本を見つけ、さっそく買い求めて読んだところ、これは本物だと思いました。先生の経歴(フルブライト留学生)、米国における実績あるアレルギー治療法=米国式減感作療法を修める)から、ぜん息の原因がアレルギーにあって、その治療法は抗原(ダニ・花粉・カビなどに対する抗体反応=炎症を起こすもの)を抑えこむための物質(抗体)を体内に植えつけ、反応を阻止する免疫療法と理解しました。
 海外の医療事情に詳しい友人の話から、「免疫療法は治療期間が長く、忙しい現代人はすぐ結果を求めるため、治療が続かない。また医療制度上のこともあり日本では普及していない。しかし、欧米では実績があり、非常に効果の高い治療法である。」と聞き、確信が持てました。
 まず、アレルギーの皮膚テストを受けたところ、125種類のアレルゲンのうち43種類に反応があり、特にダニ・スギ・カビに強い反応が出て、多種のアレルゲンがあることが判りました。先生から発病の原因やメカニズムの説明を受け、その指導のもと、まずアレルゲンを回避する対策(室内の徹底した清掃)、そして、皮膚テストの結果に基づきダニなどの反応のあったアレルゲンのエキスを作り、皮下注射による減感作療法(私の場合、3年間は2日に1回、以後は3日に1回の割合)を始めたのです。症状が安定するまでの2〜3ヶ月は薬物療法を併用し、その後は減感作療法のみでも発作が起きないようになりました。先生の治療が始まってから今日に至るまでの5年間、一度もぜん息が起きておりません。また、花粉症の鼻づまりで口でしか呼吸できなかった鼻炎も治りました。まさに奇跡が起きたのです。この結果を受け、二人の子供(花粉症・アトピー性皮膚炎)にも週1回治療を受けさせ良くなっております。
 現在、わが国で推定4千万人いると言われているアレルギー患者の中で、長屋先生は
16年アメリカから帰国され延べ1500人の患者を診てこられました。
その1500人の中の一人になれたことは、宝くじに当たったに等しい幸運を手に入れた気持ちです。我々患者は救われていますが、まだ多くの人々が昔の自分のように適格な治療法方がわからないままさまよっています。この現状に対し、日本アレルギー学会・それに連なる医師および国は長屋先生の治療法を認めようとしておりません。WHOが認める唯一の根本治療法をなぜ普及させないのでしょうか。
 その理由は、「知識がない」、「知ろうとしない」、「注射は手間がかかるが薬の投与は簡単」「薬は一時的に症状を抑える故に医師は自己満足できる」、「減感作は儲からない」、「薬漬け政策」、「独自で開発したい権威主義」、「国からの研究費の確保」、「保険制度の不備」、などさまざまでしょう。その結果、日本のアレルギー診療は欧米に比べ50年も遅れてしまいました。この遅れを取り戻すためすべてのアレルギー患者は声を上げる必要があります。なぜなら我々患者がこの遅れの唯一・第一の犠牲者だからです。
 私はこれまでの体験を顧みて、「現代医学は一病治すが一病作る」と言われる意味がよくわかりました。アレルギーについてもまた抗生物質の大量投与により患者の増大を引き起こしたのでしょう。副作用の多い薬物による対症療法を減らして免疫療法や予防医学が現代医学の主流となることを願うものであります。
                                                        以上
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2007年02月05日

日米両国でのアレルギー受診体験と日本のアレルギー医療改革への提言

私のアレルギー治療はアメリカで始まった。
(as)
はじめに
想えば、私は50歳を過ぎてから10年を超える苦しい喘息、およびそれに先立つ数年にわたるアレルギー性気管支炎という病魔から解放されて、今、快適な普通人の生活をしている。苦しかった時期を思い出すにつけ、いまのこの快適な毎日が信じられない。長屋宏医師の治療を受け続けた結果今の自分があるという実感がこみ上げてくる。私は私がどんな治療を受けて今の自分を取り戻したのかを書き記しておきたい。そして私の治療が日米両国に亙っていたので、私の体験から知った両国の治療の違いについても触れたいと思う。
一.アレルギーの発症とロサンゼルスでの治療
1.ロサンゼルス在住6年目の1987年の春先のころ、一年中、色とりどりの花が咲き乱れる花園のようなタウンハウスに移り住んで3年目だった。ある日突然咳が出て息苦しくなった。小学校時代以来ひいたことがなかった風邪をひいたのかと思った。咳と息苦しさで眠れぬ夜を過ごした翌日、ゴルフ仲間である友人から花粉アレルギーかもしれないと言われ、彼は懐から小さな白い錠剤をふたつぶ出してくれたので私は貰って飲んだ。彼は心臓外科専門の医師兼地元の大学教授であったので安心して彼の勧めに従った。気分がややよくなったように感じたが咳は続いていた。花粉アレルギーと聞いたので、その日の夜、少しでも花粉を鎮められるのではないかと思い、ゴムホースを使って家の周りの花々に水を掛け捲った。だが一向に症状は改善されないので、専門医に見てもらおうと思い、後日、その友人からカリフォルニア大学アーヴァイン校のアレルギー専門の教授である長屋先生を紹介してもらった。これが先生との出会いの初めであった。早速、先生に診ていただいた結果、アレルギー性急性気管支炎と診断され、治療をせずにこのまま放置すれば2年後には気管支喘息になるでしょうと言われた。そしてアレルギー免疫療法(減感作療法の現代版)による治療が始まった。その後分かったことだがアメリカではどの州でもアレルギーに対してはこの治療法が行なわれているようである。この治療の最初の日に先生が治療の中身について克明に説明してくれたことが印象深く記憶に残っている。説明のポイントは、まずは自分にとって悪いアレルゲンを避けること、避けられないアレルゲンについては治療は二つでこれらを同時並行的に続けること。一つはアレルギー症状が起きないようになるための(=減感作のための)注射を続けること(根本治療法)、および二つは現在起きつつあるアレルギー症状を一時的に押さえ込むための吸入ステロイドと気管支拡張剤(吸入または服用)の併用(対症療法)であった。治療について患者に理解させその了解を得てから治療を始める。これがアメリカ流なのかと思った。数年前に肋骨を痛めたときにかかった整形外科医の医師からも詳しい説明を受けたことを思い出した。説明の仕方も具体的だった。折れた骨が治るまでアルコールはご法度。この間にもし飲むとそれはあたかも骨折部分を金槌でたたくようなものだ、というのであった。私は完治するまでビールを飲むたびに胸にグサッとくるこのたとえを思い出した。
2.それにしても『喘息』などという自分には無関係と思っていた恐ろしい響きを持った病気が身近なものになるのかと思うと、この上ない不安が一瞬脳裏を掠めた。しかし、先生の丁寧な説明でこの治療を粘り強く続けることによって将来そのおそれから必ず解放されることになる可能性を知らされ、『喘息』になるという不安が消えた。先生の丁寧な説明が『喘息』という病気の結末である恐ろしい窒息死の可能性を自分からかき消してくれたと言ってもよい。自分は健康そのもので恐ろしい病気とは無縁と信じていたことも手伝ってくれた。
3.4月から9月まで、当時住んでいたロサンゼルス内陸部のウェストコヴィナから南西部の海岸近くに位置するトーランスの先生の診療所まで車で30分かけて、せっせと通って減感作のための注射を週2回ペースで受け続けた。注射後の帰る道すがら、毎回注射局所の痒みに耐えながら街路樹のユーカリの巨木やジャカランダの木に薄紫色の花が咲きほころぶトーランスのだだっ広い街路をドライブして帰ったことを覚えている。いつか、そして一刻も早く良くなることを期待して先生の診療所へ通い続けた。
4.折りしも、同じ年の10月から中西部へ転勤となったため、長屋先生に診断書を書いてもらい、それを転地先の診療所宛に示して同じ治療の継続をして貰うつもりだった。しかし、転地先の診療所では、改めて皮膚のスクラッチテスト(約24種類のアレルゲンによるテスト)が行なわれた。その結果、アレルギーは見つからずとの診断により減感作療法は不要と診断された。ロスから持っていって提出した診断書は無視された。その後2年で別の診療所(当時3歳と5歳の子供がかかっていた耳鼻咽喉科)で喘息になっているとの診断を受け、アレルギー専門医にかかるよう薦められた。長屋先生の予言が現実になった自分に唖然としたものである。以来、インディアナ、ミシガンと中西部での転勤先ではアレルギー科で喘息患者としての減感作注射によるアレルギー免疫療法および気管支拡張剤と吸入ステロイドの投与を受け、米国駐在中、1994年8月に帰国するまでこの治療を受け続けた。この間の症状は朝のうちに大量の痰が出た後は楽になり、午後は普通人の生活が出来るという毎日であった。勿論、特に発作などは出たことはなかった。
二.日本での治療と長屋医師との再会
1.帰国後は、タバコの煙が濛々と充満する職場環境のせいか、身体の調子が芳しくなく、耳鼻咽喉科通いの日々を送っていた。受けた治療は自宅近くの医院でメプチンによる気管支拡張のための吸入をやるだけで、あとは主にステロイド系の錠剤とベコタイドなどの吸入ステロイドの処方による薬漬けにされる以外に勿論、減感作療法などやってくれることはなかった。
2.帰国して4ヶ月目に激しい喘息(?)発作に襲われた。息が苦しく、一人で立って歩くこともままならず、いつ死ぬのかという不安で肉体的だけでなく精神的にも一人でいるのが怖く、妻の肩に寄りすがるようにしていないと不安を感じる毎日であった。
3.米国で受けた治療は日本で受けられないものかと思ううち、帰国された長屋先生のことを思い出し、アメリカの友人を通じて先生が久我山病院で診察されておられることを聞き知った。早速調べ当てて診察を申し込み、確か3週間後に順番が来て診療が始まった。その年の師走も終わろうとする頃であった。当時、久我山病院まで電車を4つ乗り継いで2時間以上もかかる横浜に住んでいた。しかしノーチョイスで久我山病院へ通うことに意を決し、アメリカから帰国後初めての減感作治療が再開された。150を超える抗原による皮膚テストの結果37種類のアレルゲンに反応があった(内、食物については54種類のアレルゲンに対して、玉葱に弱陽性、ナツメヤシに中陽性、白黒コショウに強陽性と出たので食事の際はこれらを避けるようにしている)。反応があった内訳は、13種類に中程度、23種類(木の花粉6種、イネ科の草の花粉3種、シバ科の草の花粉4種、ダスト5種、カビ5種)に強度の反応があったようで、それらの混合希釈液での減感作注射が始まった。
4.長屋医師の患者である私に対する治療のやり方はアメリカ中西部で他の医師から受けた治療の体験とははじめから異なっていた。プリックテストから毎回の注射に至るまですべて先生自身がやり、注射が終わった後の反応を先生自ら手で触って確かめるという徹底したものである。その態度には自ら病魔と真剣に立ち向かおうとする科学者としてオーラを感じた。先生の指が注射局所に触れたときに、忘れかけていた初めて先生の治療を受けたロサンゼルスの頃を思い出した。先生の指で初めて私の腕にふれられたときは戸惑いながらもその指の感触が患者である私の全身に満幅の安心感を与えてくれた。そのことがここ久我山病院で彷彿としてきた。
三.米国での治療体験
1.長屋先生の治療の仕方は米国で他の医師から受けた治療とは大分異なっていた。と言うのも、中西部へ行ってからの治療はインディアナでもミシガンでも主治医の最初の問診・診察以外はテストを含め注射およびその後の反応のチェックはすべて看護婦がやっていたからである。もっとも、看護婦による事後チェックは反応に異常があるかないかのチェックをするだけであり、異常があれば医師が出てくるのかなという感じであった。
2.ここで、看護婦について付言する。色鮮やかな頭髪と碧眼高鼻の面立ち、それに圧倒的な体格差に戸惑いながらも落ち着いて観察すると、いろいろなタイプがいた。用心深い丁寧なタイプから力ずくでやるタイプもいて、スクラッチテストや注射されるときにある程度身構えていないと予期もしていない痛みや出血に耐えさせられることもあった。タイプによっては繊細な感覚に疑問を感じる看護婦もいたが、その大柄な風貌にも拘らず患者に対してきめ細かな配慮をしていることを感じさせるタイプもいた。また、自らの任務を全うすることが主でスクラッチテストのときは確実に傷をつけるということに集中し、この点その責任感と専門意識の強さに好感を感じたが、患者の痛みを軽減するための意識に疑問を感じるタイプもいた。
3.こんなこともあった。忠実に注射のフォーマットに従ってやっているようで、最初の数ヶ月は週2回、その後数ヶ月は週1回、その後は月2回・・・、という具合に注射の反応如何に無関係に注射のスケジュールが決められているらしく、ある日、調子が悪いので週1回の時期に2度目の注射を求めて診療所を訪ねると「あなたは今日は注射出来ません。スケジュール上、あなたには今週は1回しか注射できないことになっていますから」と追い返された経験がある。このことからも、長屋先生の治療法が如何に患者個々人の症状に合せた緻密なものであるかが分かる。
4.ここで、私の子供の治療体験について少し記しておきたい。現地での子供の医療は日本と異なっていた。4,5歳になっても日本では小児科扱いだと思うが、米国では、うちの子供は小児科医には生まれた時と乳幼児期以外はかかったことがなかったと思う。3歳ぐらいから大人と同じように耳鼻咽喉科にかかり、娘が5歳でアデノイド手術をしたときも耳鼻科の医師が執刀にあたった。そのとき小児科医の参画はなかった。病人は小さいときから専門の医師がみるというのが米国の医療なのか。アレルギーについては乳幼児期からアレルギー専門医がみるらしく、耳鼻科、咽喉科、皮膚科、アレルギー科など、医療の分野での重複を避ける体制が確立しているようである。アメリカ憲法が年齢による差別を禁じている原則がこの分野にも浸透しているのか、と私なりに合点した。
四.住居環境の整備と長屋式減感作療法の励行およびその効果
1.この治療を続けるには私にとっていろいろ負の誘惑もあった。たまたま私の身内には耳鼻咽喉科の専門家がいて減感作療法の効果を疑問視しており、「半年もやって効かないときはそれ以上続けるのは無駄でしょう。」と言い、早めに切り上げて漢方などに頼ることを薦めてくれるアドバイスもあった。しかし、アメリカでの経験をたよりにこの治療を続けた。はじめは週に毎日6日間、毎回6〜7時間かけて減感作注射のために通い続けた。私は家族も含めて将来とも長屋先生の診察を受けることが必要になると感じ、思い切って病院の近くへ引っ越すことにした。購入したマンションには完全なリモデリングを施し(床は畳を撤去しすべてフローリングにし、天井・押し入れ・壁を板張りにしたうえでビニール製の模様紙で覆い、カーテンは上下開閉式のビニール製のブラインドに替え、埃の原因となるものすべてを排除し)た。勿論、寝具類は家族全員の分を防カビ・防ダニ用のものに新調し、思い出の詰まったすべての品々を捨てるか倉庫にしまいこんだ。そして引越してからは5分で病院へも通えるようになった。減感作療法の効果は気づかぬペースで徐々に出てきて、3年目頃からは週3〜4回、5年目からは週2〜3回でも楽になったような気分的なゆとりを感じられるようになり、長屋宏医師の治療を日本で再開してから8年目にして漸く人混みの中に出れるようになった。また、そのころから、外出して学友との旧交を温めたり、10年来やめていたゴルフもできるようになり、歌舞伎や音楽会にも二の足を踏むことも無くなった。旅行も出来るようになり、昨年は、一泊旅行で伊勢神宮へ赴き伊勢志摩国立公園をドライブしたが何らの支障もなかった。今では朝晩の吸入以外は普通人の生活ができ、完全に社会復帰ができている。長屋先生は他の多くの患者がそう言っているように、まさに私にとっても命の恩人と言っても過言ではない。
2.以上、減感作療法に中心をおいて述べてきたが、勿論、気管支拡張のためのベネトリン・食塩水の混合液の吸入は8年間、一日4回(苦しいときはさらに1〜2回追加)を基本に欠かさず続けた。8年経って楽になってからは朝昼晩の一日3回、現在は一日2回で済んでいる。さらに対症療法である吸入ステロイドもベネトリン・食塩水の混合液吸入直後は必ず行なってきたことは言うまでもない。現在は吸入器使用後にパルミコート(吸入ステロイド)を二呼吸ずつ吸入している。これは長屋先生の指示に従ったものだが、アレルギーを治すためには減感作療法と薬物による対症療法があたかも車の両輪の如く不可欠であるとデトロイトの主治医から聞いていたことも先生の指示を理解するのに役立っている。最近、先生の著書を身を入れて読んでからは他の病院で避けたらと言われていたテオロングも気管支拡張に有用だということが判りまた特に副作用を感じないので朝晩飲むようにしている。とにかく、ぜん息との闘いはそんなに生易しいものではないということをまずもって肝に銘じておくことが肝要であると自分に言い聞かせた。こんなに長い間毎日苦労する理由はただ一つ、窒息死を避けたいからである。身体の一箇所を除いてすべて健康そのものでも息ができないで窒息死することほど恐ろしいことはない。こういう状態になると医師も家族も何もできず、絶叫しながら絶命してゆく患者をただ手をこまねいて待つこと意外に何もできないでいるところを実際にみたことのある人ならその恐ろしさが判るであろう。
五.小児ぜん息について
 私の息子は6歳で帰国したが、風をひきやすく就寝中咳き込むことが多かったので長屋宏医師に診てもらうと、ぜん息になっていることが判明した。所謂小児ぜん息である。その原因アレルゲンを特定すべく、すぐに皮膚テストを行い46種類のアレルゲンに対して中・強陽性の反応が出た。特にダニのアレルギーに強い反応を示していた。大学受験までの約13年間私と一緒に減感作治療を受けることになった。その効果か、大学生となった今は落ち着いている。長屋先生の著書によれば、公害ぜん息の認定をうけた小児ぜん息の患者の99%がダニに強いアレルギーがあるという臨床結果が出ているという。公害が直接の原因によって喘息になったのではなく、家庭内のダニによって喘息になり、公害がそれを悪化させていることをもっと政府は知るべきではないか。小児ぜん息はダニが主原因で公害はその加速要因である。公害ぜん息治療のための政府予算をダニアレルゲンの減感作療法の普及にも使えればどんなに小児ぜん息患者を救えるか計り知れないのではないかと思う。 
六.アレルギー免疫療法(最新の減感作療法)はなぜ効くのか
 最新の学説によると、アレルギー体質の人はそうでない普通の人と比較してアレルギー反応を抑制・コントロールする細胞の量が少ないためにアレルギー反応が過剰に起きる傾向にある。しかし、減感作注射によって免疫細胞のなかのアレルギー反応を抑制コントロールするTR細胞という細胞が注射回数と比例して増大し限りなく正常人(アレルギー体質のない人)の量に近づくという。そして、長年に亘り減感作注射をしているとその働きをする細胞の子孫まで体内に蘇生する可能性があるというのである。これにより注射をやめてもこの細胞が多ければ多いほど長年に亘り(10〜15年)アレルギー反応が抑制され続けられるということが明らかになったという。アレルギー体質の私にとってこの上ない朗報である。他の用事を犠牲にしてでも手間を厭わずに減感作のために病院に来たいという誘引の力強い支えになっている。これまで十年以上に亘る病院通いが無為に終わるのではなくその苦労が身体のなかに財産として蓄えられつつあるということである。なんともうれしい充実感に浸らしてくれる理論である。
七.日本の減感作療法の現状
1.では、日本でこの徹底した減感作療法が行なわれているのだろうか。
この質問に対する答えはイェス・アンド・ノーであろう。しかし現在の日本では最初のイェスは残念ながら限りなくノーに近いイェスでしかない。その理由は、私の知る限り、まづ第一に、大半の医療機関で行われていないということ。第二に、主要な専門医療機関で行われていたとしてもハウスダストなどの限られたものについてしか行われていないこと、という点である。国民の少なくとも3割(4千万人)がアレルギーに冒され、毎年、3000人を超えるぜん息死をひき起こしている日本においてアレルギーの根本治療法であるはずの減感作療法が欧米先進国にこのような遅れをとっている日本のアレルギー医療の一刻も早い改革が必要である。私が久我山病院に来る前に日本で受けた治療では、今頃私は病死していたのではないかと思い、日本のアレルギー医療のレベルの低さというより恐ろしさを身をもって感じている。
2.記述のとおり、長屋医師による100を超えるアレルゲンの皮膚テストの結果、私は37種類のアレルゲンに対して反応があった。この反応があった中の主要なアレルゲンすべてに減感作注射できて初めてアレルギー反応から解放されたのである。そしてそのために8年の通院という歳月を要した。もしこの通院と長屋先生の治療がなかったら今の私の存在はあったであろうか。10年前、私はあたりが薄暗く感じられ、ただ息苦しく、死ぬのではないかという不安で自らをコントロール出来ず、妻に支えられなければ立ち上がることもできなかったのである。親戚の薦めに従って大枚はたいて無益な漢方に明け暮れていたらどうなっていたか、どこか他の病院でステロイド漬けにされ骨をやられて寝たきりになっていたか、あるいは暗い夜に突然の発作による窒息により絶命し人生を終えていたかもしれない。でも私は今元気に生きている。それは長屋医師による米国並みの最新の減感作療法すなわちアレルギー免疫療法を受け続けてきたからである。
3.日本のアレルギー根本医療環境の貧弱さ
では、今の日本に私を治してくれた37種類のテスト溶液と治療液があるであろうか。(→ない。)
その前に、そもそも37種類のアレルゲンが如何にして特定されたかから説明が必要ではないか。それは100種類を超えるアレルゲン(すべて米国製)で皮膚テストした結果判明したのである。(→十分なアレルゲンもなければ皮膚テスト溶液も注射液もない。不完全な結果しか得られない血液テストしか行われていない。よしんば血液テストでアレルゲンが判明しても減感作のための注射液が限られている。→テスト代を払っても治療はしてもらえないのが実情。あまりにも不合理ではないか!)
現在の日本には花粉についてはテスト溶液で12種類、治療液で4種類(うち重要なものは2種類のみ)しかない。花粉以外では、私の最も反応の強いダニのエキスがテスト溶液・治療液ともに標準化されたものがないという。更に私にとって重度の反応のある数種のカビについても米国には19種類あるのに対して5種類しかなく、日本には殆どないと言っていいに等しい。スギ花粉症のひとの4人に3人はヒノキの花粉症があり、さらに2人はマメノキ・オリーブ・ニレ・カシ・ヤナギにも花粉症をもっていることが臨床上明らかになっている。このことからもスギ花粉症の患者にスギだけ注射してアレルギーが治るはずがないのは明らかである。
この状況が日本で減感作療法が効かないといわれる唯一の原因だと聞いている。私が今こうして普通人の生活が出来ているのはアメリカから輸入されたテスト溶液・治療液によっている。日本にあるものだけの治療では私の快適な今はなかったと断言できる。
日本では50年前からこの状態が変わっていないと言われている。
4.私の経験でこの治療法の根底にあるアレルゲンについて常々疑問に思っていたことがある。それはテスト液、注射液共にすべてアメリカ製であるのでそれが前提の治療法の結果が果たして日本人に効くのかという点であった。
これについて私の体調にある出来事が起きたことを思い出す。アメリカで喘息の宣告を受けてからまもなくの頃、社命で一時帰国したときのことである。渡米前、社会人となると同時に通勤電車により山手線で原宿を通過して会社に通うようになったが、10年以上にわたり何もなく通過していた原宿のあたりで帰国時に突然呼吸困難になった。アメリカで喘息になった原因がここにもあったのである。思うに、現代の世界は、ペットをはじめとする動物は勿論のこと、人の交流だけでなく同種・亜種を含めて花粉、ダニ、カビに至るまで世界中を駆け巡っているものがそのまま日本に入ってきているのではないか。従って、米国で開発されたとされるアレルゲンは同時に日本でもそのまま使って何ら支障がないと言ったら言い過ぎだろうか。少なくとも私の減感作療法の効果については言い過ぎではないと断言できる。今の健康な自分がその証明である。
日本とアメリカのアレルゲンに差があるかについては少なくとも治療効果については共通であると考えてよいのではないかと思う。異民族を前提として確立されたアメリカの抗原はいわば最先端の技術と英知を駆使して作られた堅固な石橋であり、これに対してこの石橋を時間を費やして無為に叩いている厚生労働省の現在の治験制度は障壁の役割を果たしており、その間に4千万人のアレルギー疾患者は根本治療から引き離され、患者にとって効果が刹那的で医者にとって安易で無畏な薬漬けに放置され続けているのである。そういう状況の中、有効な減感作療法は日本アレルギー協会を通じて米国製アレルゲンを自己負担によって入手して行う道が残されているに過ぎない。しかも日本においてそれが可能なのは私の知る限り久我山病院の長屋宏医師によってのみである。減感作療法が他でも行われているといっても、それは数少ないアレルゲンによるか、鼻炎のような軽微なかつ局所的なアレルギー症状にしか効果がないとされる舌下減感作が大学の研究機関で試験的に行われているに過ぎない。舌下減感作の場合は注射の場合に比して3〜300倍以上の濃度のエキスを使うとされているので即効性があると期待されているようだがその危険性は計り知れないのではないか。
 5.日本のアレルギー医療を阻んでいるものは何か。
日本では50年前から減感作療法が変わっていないと言われている。医療の分野での国際交流が日本にはないのだろうか。特に日米のアレルギー臨床医学の交流がないことが日本のアレルギー病の治療の立ち遅れにつながっていないだろうか。
日本のアレルギー医療を阻んでいるものには少なくとも三つのことが考えられる。
@アレルギー学の分野での日本人の活躍には顕著なものがある。1966年石坂公成博士によるIgE、1968年の宮本昭正博士によるコナヒョウヒダニの発見などアレルギー学界に世界の先駆けとなる偉大な業績を残した学者がいたにもかかわらず、何故に日本のアレルギー治療法がかくも遅れを取っているか。それは日本医学界の歴史上、これまで患者との接点にいる臨床医が無視されてきたことに要因を求められるのではないか。日本で最初に世界的な名声を博した医学者野口英世ですら臨床医であったために日本の当時の学会から乾されていたという。医学界の主流は大学・研究所であり、そこで大量の医学博士が製造される。今日医学生の7,8割が博士号を取得すると聞く。資格取得のために医学生は教授先輩の主義主張をしっかりと守って現体制にしがみついている。そこに海外の最新医療技術・学説の入り込む余地は極めて少ないと言えるのではないか。学問のほかの分野でこのようなことが起きているであろうか。例えば法律学、経済学の分野で博士号を取得できるのは1割にも満たないであろう。
Aかつて減感作療法が初めて日本で始められた頃、有力大学の現役学者が喘息を患らっていたことから自らの手製のエキスで自分に注射したところ、同僚の見守る中でアナフィラキシーをおこして死亡した事故があったという。この事故以来日本の指導的な学者の間に減感作療法に対する恐怖が蔓延しており、アレルギー学会の趨勢としても、患者ではなく医師にとってより安全な薬物による対症療法に傾斜していったという見方をする人もいるという。減感作療法においても、特にダニへの恐怖心が強く、ハウスダスト(中身が何だか不明な、しかしダニよりは安全?→中身が不明ゆえに危険なはずだが)による代用の習慣ができたようである。そしてこの内容不明なハウスダストを厚生労働省が牢乎な治験を通過させて治療エキスとして認可している。学者の間に恐怖による科学的思考の放擲が続いているのだろうか。海外では患者救済のために減感作療法の技術が日進月歩を遂げている間に、日本では50年前のプリミティヴな減感作療法がいまだに続いている。これは世界に対して恥ずかしく、患者にとって許し難いことではないだろうか。
B 大学内の既得権益争いも関連しているようである。
ある大学でアレルギー学部の新設の話が持ち上がった。教授会で学部新設の討議がなされたが、耳鼻咽喉、皮膚、小児、各学部その他の学部からの強い反対で否決されたという。患者救済のための討議ではなく各学部の権益争いのうちにこのアレルギー学部新設のアイデアは葬り去られたという。
以上、@、A、Bの事実からも日本の医学界の現状が如何に患者を無視した状況にあるかがわかるであろう。
6.学界も政府も患者のための医療をやってきていないと言えないであろうか。アメリカでもフランスをはじめとするヨーロッパの先進国でも普通に行なわれているアレルギー免疫療法(最新の減感作療法)がなぜ日本だけで行なわれていないのであろうか。私はアレルギー患者を薬漬けに放置し続ける厚生労働省・日本のアレルギー学会に翻意を求めたいと強く希望したい。厚労省はアレルギー学会に長年に亘り国民の血税を注ぎ学会はその血税をアレルギーに苦しむ国民を救うことのできる(WHOが認める)根本治療法であるアレルギー免疫療法(最新の減感作療法)の実施拡充に努めるべきである。にも拘わらず、対症療法としての薬物療法に集中している。これは患者の苦しみを一時的に和らげるだけの弥縫的な治療法に過ぎず、根本治療を避けて大なり小なり副作用を伴う薬物療法に特化し、ただひたすら製薬会社を利する結果になっている。何とかこれを改め、患者のための治療を日本に実現して欲しい。
八.日本のアレルギー医療の改革のために
私は我々アレルギー患者が根本治療を受けられるようになるためには日本のアレルギー医療の改革が必要であると叫びたい。アレルギー医療の主役である日本アレルギー学会、厚生労働省に対して日本のアレルギー医療の改革のために次の提案をしたいと思う。
A.前提
T。薬物による対症療法はアレルギーを一時的に抑える弥縫的な治療法に過ぎない。対症療法はアレルギーによる修復不能な呼吸気道のリモデリングを根治することはできない。
U。アレルギー免疫療法(徹底した減感作療法)は アレルギーを治せる唯一の根本治療法であることは1997年にWHOも宣言している。日本以外の先進国はすべてこの治療法を実施・拡充している。これを日本でも拡充・実施することが急務である。
B.日本で現在十分に実施されていない改革すべき具体的な項目
1.アレルギーの原因確定
アレルギーの原因を突き止めることがスタートとなる。通常、複数(20〜40)あるのでそれらを出来るだけ多く確定することが必要。
2.その確定の手段
そのためには皮膚テストが必要であること。殆どの医師は血液テストしかしていない。血液テストでは小児やアレルギーになりたての患者には発見できず、見逃す可能性大。〈アレルギーテストは体内のIgEの有無・量を測ることだが、IgEはアレルギー反応とともに身体の外表(皮膚・呼吸気道・鼻胃腸壁など)にまずたまり、その部分に十分たまってから残りが血液中にたまってゆく。それゆえ血液中に反応に表れるほど十分なIgEがたまる以前に喘息などの重篤なアレルギー疾患を起こしていることがある。この場合は血液テストに表れないのでミス判断になる。まず第一に皮膚テストをすべきで、それによりアレルゲンの早期発見が可能になる。
3.テスト溶液の確保
テストのためには十分なテスト溶液が必要であること。日本で入手可能なテスト溶液は限られており、これを早急にふやす必要がある。
4.注射液の確保
テストで分ったアレルゲンの減感作注射が必要であること。
そのための注射液が必要であること。→十分にない。テストはやっても治療液がない→患者はテスト代を払わされて治療してもらえない状況。
5.安全かつ有効な減感作注射を行える医師の養成
その注射をすることの出来る医師がいなければならない。→いないと言っていいほど限られている。
6.厚生労働省への要請
以上につき日本アレルギー学会は何をしているか→対症療法に終始。
国民の少なくとも3割(4千万人)が何らかのアレルギーに悩んでいるという現実の中で、厚生労働省は、国民がアレルギーから解放される唯一の根本治療法であるアレルギー免疫療法(徹底した減感作療法)に目をつぶり続ける日本アレルギー学会に国民の血税を注ぎ続け、徹底した減感作療法に不可欠なテスト用・治療用エキス拡充が急務であるにもかかわらず、国民を救済すべき施策への要請を50年に亘って放置し怠り続けている。
以上を改め、早急に、50年遅れたアレルギー医療改革に着手すべし。
以上
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2007年01月25日

久我山病院経営者へ抗議文提出

久我山アレルギー患者の会では久我山病院に於けるアレルギー診療体制の改革を経営者に要求する以下の講義書簡を提出しました。皆様のご支援を祈念します。

                        平成19年1月25日


〒157−0061
東京都世田谷区北烏山2丁目14番20号
社会福祉法人 康和会 理事長殿

拝啓
時下、ますますご清栄の段お喜び申し上げます。
 さて、突然の書状で失礼致しますが、私は、一昨年5月より発足した「久我山アレルギー患者の会」の発起人を引き受けて、現在、長屋式減感作療法を全国に広めるべく、患者一同とともに、政府・学会・マスメデイアに働きかけつつ、活動を続けておりますことは、貴殿への昨年4月24日付書状(以下『書状』)でも披瀝したとおりであります。
今般、久我山病院アレルギー科部長長屋宏医師から伺いましたが、貴殿の長屋医師に対する診療日の縮小の意図に基づき久我山病院アレルギー科における診療日の更なる縮小(半減?)その他の変更が来る4月1日から実施されることについて患者側の同意を取り付けたいとの打診がありました。その主たる原因が患者数の減少であるとのことであります。

1.我々患者は貴殿の上記意図に対して強く抗議いたします。それと同時に、アレルギー科における診療体制を前記『書状』でお願いしております昨年4月1日以前の状態に戻していただきたいと改めて懇請いたします。患者数の減少は診療日の減少および新患受付停止という病院側の無謀な一方的行為に基づく当然の結果ではありませんか?我々はこれらに強く反対し患者多数の署名をもって『書状』により反対して参りました。我々は『書状』に対して貴殿から未だに何らのご回答をいただいておりません。患者143名の署名入りで申し入れをしておりましたが、これに対して貴殿は診療日の回復ではなく更なる縮小を意図されておられるのですか?このようなアレルギー患者の要望を無視した暴挙ともいえる貴殿の施策を我々患者は看過できません。貴殿は病院にとって患者をどう捉えているのでしょうか。貴殿の意思でいかようにもできると考えておられるのですか?貴殿は病院経営者として自らの意思によりある種の病気の治療を患者のニーズを無視して時期を定めて拒否することができるとお考えですか?その結果患者の健康さらには生命に起こるべき事態に無関心でいられるのですか?

2.貴殿の施策を支えるお考えの根拠を我々は聞く権利があります。と同時に貴殿には直接患者である我々に説明する義務があるのではないでしょうか。未開の専制国家においてならばいざ知らず、民主国家である現代の日本において、病院と患者とのコミュニケーションが医療において肝要だということは世上もはや常識であります。貴殿に対してそのお考えおよび未だにお返事をいただいていないことについて直接お伺い致したく面会を申し込みたいと思います。是非とも可及的速やかに面会期日を設定していただきたく本書状をもって申し入れます。どうか、至急直接貴殿のご説明を我々患者が受ける機会を設けてくださるようお願い申し上げます。昨年のように患者を無視した形での診療日の削減はなぜ可能だったのかについていまだに貴殿からご説明がありません。しかも病院にとってもっとも死活的な新患受付の停止はアレルギー科の未来に終止符を打つことではありませんか?これは理由なしには我々アレルギー患者の容認しえないところであります。国民の少なくとも3割(4千万人)が何らかのアレルギー疾患に苦しんでいる今日、そのようなことが社会福祉法人たる久我山病院になぜできるのか、この病院を経営・監督されておられる貴殿において我々患者に直接お教えください。

3.貴殿は久我山病院からアレルギー患者を撤去したいのですか。それは何故ですか。10年以上もここ久我山病院で長屋医師のアレルギー治療を受けて回復または快方に向かいつつある患者が多数に上るという事実があるにも拘らずこの治療を漸次的に終わらせる意図をお持ちなのであれば、我々はその理由を知る権利があり、貴殿には社会福祉法人たる病院経営者として我々患者の問いに答える義務があります。我々はその回答をすでに9ヶ月以上にわたり待っています。

4.我々アレルギー患者は長屋宏医師の最新の減感作療法という治療を受けて回復しつつあり、また、多くの回復した患者が久我山病院から社会に出て行っています。最新の減感作療法は、日本では、ここ久我山病院において長屋医師によってしか受けることができず、そのために地域住民のみならず、名古屋、大阪、沖縄からも多くのアレルギー疾患者が有効な治療を受けるために集まってきていました。この治療法については日本アレルギー学会も注目しつつあると仄聞しております。貴殿はそういう患者にたいして昨年塀を作ってしまい、新患に対して治療機会を剥奪してしまっています。今度は塀の中の我々を閉め出しにかかろうとしているのですか?我々の要請は既に貴殿の出向元と聞いておりますセコムの創始者へも提案しておりますとおり後継者の発掘養成でありますが、これについても未だに何らのお返事をいただいておりません。その間に、今日の日本で他に類を見ないこれほどまでに有効な治療法を後継者の発掘どころか抹殺しにかかっているのでしょうか?多くのアレルギー患者を回復させることのできる治療法に対してなぜ広める施策を執っていただけないのでしょうか?その理由を知る権利が我々アレルギー患者にはあり、貴殿およびセコムには社会的に説明責任があるのではないでしょうか。特に貴殿の出向元であるセコムは各方面で社会貢献活動を標榜していることからもこのことが言えるのではないでしょうか。

5.久我山病院ではアレルギー科において患者への診療日が昨年4月1日より制限されました。この時に他の科は同じことが行われましたか?もし、アレルギー科だけで制限されたのであればその理由は何ですか。患者数の減少が理由ですか?その理由は患者の責によるのですか?病院に責はないのですか?では他の科では患者数は減少していませんか?我々が待合室で受ける感覚ではアレルギー患者の数が圧倒的に多いという印象を持っています。ここ数年間の患者数の変化を各科ごとに明示してください。その結果アレルギー科の患者が激減していることを確認できたとしても、少なくとも診療日の削減を是認できません。なぜならアレルギー苦のため毎日でも来院したいニーズをもっている患者がいるからです。このような患者にとっては生死の問題であることを認識されていますか?

6.次に、新患受付の停止の理由は何ですか。病院として患者を増やさないで自然減を待ち、やがて患者数の更なる減少を理由にアレルギー科を廃止しようと考えているのですか?日本国中、ここでしか行われていない最先端技術を駆使したアレルギー免疫療法を抹殺するのですか?むしろ、久我山病院を発信基地にしてこの治療法を全国に広めることを進めてくださるよう我々患者一同切にお願いいたします。この点について、今般、「久我山アレルギー患者の会」は厚生労働大臣に対して日本国憲法および請願法に基づき国の政策としてもバックアップしてもらえるよう請願書の提出を終えております。また、近々、厚生労働省への陳情も予定しております。

7.最近、本屋の店頭を賑わせている人気本の中に『患者が決めた!いい病院(のランキング)』(オリコンエンタテインメント社)という雑誌があり、それによれば、久我山病院は長屋宏医師とアレルギー科が関東地区300の病院の中で第10位にランクされています。久我山病院の他の科にかかる上位ランクのものがない中、言ってみればアレルギー科は久我山病院の看板を背負っているとさえ言えるのではないのでしょうか。アレルギー科が久我山病院のブランドイメージを今後高めていくことは想像に難くありません。どうかアレルギー科を縮小するのではなく、我々が昨年以来お願いしておりますアレルギー専門医の確保拡充を含めた拡大充実を図る施策を早急に実施していただきたく、
お願いいたします。
なお、繰り返しになりますが、至急、面会日を設定して下さいまして我々患者に対して貴殿自らそのお考えを直接ご説明下さるよう強く求めます。
                                敬具


                      久我山アレルギー患者の会
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2007年01月12日

厚生労働省へ請願書の提出(アレルギー免疫療法の実現を目指す)

請 願 書

 久我山アレルギー患者の会では2007年の年はじめの行動として厚生労働省柳沢伯夫大臣に対してアレルギー免疫療法の実現を目指して請願書を郵送により提出致しました。前日に提出した陳情要請と併せて我々のアレルギー患者のための行動を本格化して参ります。皆様のご支援を祈念しております。以下に同文コピーを記します。
       
             請 願 書

                       平成19年1月11日
柳沢伯夫厚生労働大臣殿
  
                            請願人3名
                      
                      


 日本国憲法第16条、請願法第1条、同第2条、同第3条1項に基づき、下記の通り請願致します。

                  記
日本国において現在、国民の3割(約4千万人)は、気管支ぜん息、小児ぜん息、花粉症、アトピー性皮膚炎等の何らかのアレルギー症状に悩まされております。徹底した減感作療法(アレルギー免疫療法)は、アレルギーを根治することのできる唯一の根本治療法であります。この点は、1997年にWHO(世界保健機関)によって承認されております。また日本以外の欧米先進国ではすべてこの治療法を実施しております。従いまして、わが国でも徹底した減感作療法を実施することを請願するものであります。

以下、上記請願に関しまして御説明申し上げます。
気管支ぜん息、小児ぜん息、花粉症、アトピー性皮膚炎等各種アレルギーに対する最も効果的な対策は原因アレルゲンとの接触を避けることであります。たとえば、食物アレルギーの場合にはこれが可能であります。しかし、空気中に浮遊している等の理由で接触を避けることのできない物質がアレルゲンとなっている場合には専門医による治療によらざるを得ません。この場合の治療法は2種に大別することができます。第1は根本治療法(アレルギーの原因物質に対して反応を起こさないようにする根本治療法)、第2は対症療法(アレルギー症状を一時的に抑制する治療法)であります。欧米先進国ではこれら第1・第2ともに実施され年々進歩してきております。しかしわが国では第2の対症療法の分野で進歩はあるものの、第1の根本療法の分野では最新の医療技術をもって対応しているでしょうか。
現在わが国で行なわれているアレルギー治療は、吸入ステロイド、気管支拡張剤、各種点鼻薬等、薬物投与による治療法が中心であります。薬物による治療法は上記第2の対症療法であり、一時的にアレルギー症状を抑制することは可能ですが、アレルギーを根治すること、すなわち患者のアレルギー体質を改善することは不可能であります。徹底した減感作療法は、上記請願の通りアレルギーを根治することのできる唯一の根本治療法(第1の根本治療)であり、この点はWHO(世界保健機関)も既に承認しております。
欧米では、アレルギー患者に対し90種類を超えるアレルゲンについて皮膚テストを行ない、陽性反応の出たできるだけ多くのアレルゲンにつき減感作注射を行なうという徹底した減感作療法が既に実施され、第1の根本治療法の充実が図られております。
ところがわが国の根本治療法の現状を見るに、わが国で現在行なわれている減感作療法は、ハウスダスト、スギ花粉等、数種類のアレルゲンエキスを注射するに止まっております。しかしアレルギーの原因は、患者によって多様でありますが、通常もっと多数(20〜30種類)に上ることが臨床上知られております。従いまして、上記のように数種類のアレルゲンエキスを注射するだけでは、気管支ぜん息、小児ぜん息、花粉症等のアレルギーの根治は不可能であります。アレルギーを根治するためには、欧米同様、患者ごとに多数のアレルゲンについて皮膚テストを行い、陽性反応の出たできるだけ多くのアレルゲンにつき減感作注射を行なう必要があります。しかし現在のところわが国では、そのためのテスト溶液も治療用注射液も不十分であります。なかんずく、ぜん息発作をひき起こす最大の原因であることが周知となっているダニの治療用注射液が存在しないのは、誠に遺憾であります。
従いまして、政府においてアレルゲンのテスト溶液および治療用注射液の種類を増加させ、現行よりも徹底した減感作療法を可能となるよう、アレルギー学会への指導および必要な環境整備を可及的速やかに実施するよう請願するものであります。
また上述のような徹底した減感作療法は、現在のわが国では、請願人らの知る限り、社会福祉法人康和会 久我山病院(東京都世田谷区、中村幸雄院長、アレルギー科部長長屋宏医師、電話03−3309-1111)において行なわれているにすぎません。同病院は過去16年間に1500名を超えるアレルギー患者に徹底した減感作療法を施し快方に導くという実績を挙げておりますが、全国で根本的治療法を実施する医院が1ヶ所というのはあまりにも不十分と考えざるを得ません。当治療を行なうための医療技術を持った医師の増強が必要であり、この点についても改善のための施策を求めるものであります。

具体的には下記の施策を請願するものであります。

1. 緊急措置としてダニのテスト・治療液を確保し、どこででも入手可能とすること。

2. スギ以外の他の木、草(イネ科、シバ科)、各種カビのアレルゲンを欧米並みに拡
充すること。すなわち、
@スギ・アレルギーを有する人はヒノキ、マメノキ、オリーブ、カシ等の少なくとも14種類の他の木の花粉にもアレルギーを持っている場合が多いこと、また日本人の多くがイネ科、シバ科の草の花粉及び各種カビにアレルギーを有することが臨床的に明らかになっています。Aこれらの多くのアレルゲンエキスはすべて米国の製薬会社(米国ワシントン州のHollister‐Stier社など)から入手可能で、ここ数年来、日本アレルギー協会の仲介で個々の医師のニーズに応じて輸入されていますが、申請してから使用に至るまでの期間が3ヶ月もかかり、そのコストが現地価格の3倍以上にもなるなど、医療の即応性・廉価性に欠けています。そこでこれらアレルゲンエキスの政府による事前の一括輸入、および抗原への保険適用をするなどの対策を要請いたします。

3. 皮膚テストをアレルゲン特定の第一の手段として定着させること(これは、現在、
医院等で頻繁に行なわれている血液テストよりも皮膚テストの方がアレルゲン特定の手段として正確だからであります。

4. アレルギー専門医に徹底した減感作療法に関する医療技術を習得させ、同療法に基
づく治療が可能なように育成すること
                               以 上



                        
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2007年01月09日

久我山アレルギー患者の会による厚労省に対する再度の陳情要請

平成19年1月9日
厚生労働省官房総務課

前略
本日、小生から電話により申し入れましたアレルギー治療法の改善策についての陳情のお願いにつき下記の情報をファックス致しますのでご査収ください。
当方下記の何時にても患者代表団とともにご説明方々陳情に参りたいと考えておりますので、陳情日をご決定ご通知いただきたく宜しくお願い申しあげます。なお、当方の陳情希望日は1月23日、1月25日、2月6日、2月8日の午前、午後の何れかにお願いできればと考えております。
陳情項目   別紙のとおり
面会予定人数 5〜6名
陳情希望日  上記のとおり
                                以上
                                草々

                     久我山アレルギー患者の会
                     発起人   as
           住所 
           電話・FAX  















                          平成19年1月9日
         厚生労働省に対する要望
                      久我山アレルギー患者の会

*.一昨年12月9日付陳情で要請した内容への対応はどうなったか。→添付?A,B
**. 厚生労働省に対して日本のアレルギー医療の改革のために次の提案を   したい。
前提
一.薬物による対症療法はアレルギーを一時的に抑える弥縫的な治療法に過ぎない。対症療法はアレルギーによる修復不能な呼吸気道のリモデリングを根治することはできない。
二.アレルギー免疫療法(徹底した減感作療法)は アレルギーを治せる唯一の根本治療法であることは1997年にWHOも宣言している。日本以外の先進国はすべてこの治療法を実施している。これを日本でも実施することが急務である。
具体策
そのためには日本アレルギー医療改革のために以下が必要である。
1.アレルギーの原因を突き止めること。通常、複数(20〜30)あるのでそれらを出来るだけ多く確定することが必要。(添付?B)
2.そのためには皮膚テストが必要であること。殆どの医師は血液テストしかしていない。血液テストでは小児やアレルギーになりたての患者には発見できず、見逃す可能性大。〈アレルギーテストは体内のIgEの有無・量を測ることだが、IgEはアレルギー反応とともに身体の外表(皮膚・呼吸気道・鼻胃腸壁など)にまずたまり、その部分に十分たまってから残りが血液中にたまってゆく。〉
3.そのためには十分なテスト溶液が必要であること。日本には限られており、これを早急にふやす必要がある。(添付?B)
4.テストで分ったアレルゲンの減感作注射が必要であること。
そのための注射液が必要であること。→十分にない。(添付?B)
5.その注射をすることの出来る医師がいなければならない。→いないと言って良いほど限られている。
6. 以上につき日本アレルギー学会は何をしているか→対症療法に終始。
国民の少なくとも3割(4千万人)が何らかのアレルギーに悩んでいるという現実の中で、厚生労働省は、国民がアレルギーから解放される唯一の根本治療法であるアレルギー免疫療法(徹底した減感作療法)に目をつぶり続ける日本アレルギー学会に国民の血税を注ぎ続け、徹底した減感作療法に不可欠なテスト用・治療用エキス拡充が急務であるにもかかわらず、国民を救済すべき施策への要請を50年に亘って放置し怠り続けている。
以上を改め、早急に、50年遅れたアレルギー医療改革に着手して欲しい。
以上
            添付?A

厚生労働省への陳情(議事録)

日時  平成17年12月9日
    午前10時〜10時40分
出席者 厚労省側  保険局疾病対策課    氏
          同アレルギー疾病係長  氏
          保険局医療課主査    氏
陳情側 久我山アレルギー患者の会  
発起人       発起人         
          患者代表        
          付添人         
陳情側の要望内容
 始めに、患者の会側より、長屋式減感作療法(アレルギー予防治療)によって多くの患者が病状回復の恩恵に浴していることを力説し、この予防治療が日本で殆ど行われていないために日本のアレルギー学界がアレルギーに苦しむ患者達を効果ある治療法から遠ざける結果になっていることを指摘した。その上で次の要望を申し出た。
1 日本におけるアレルギー治療の改善=予防治療の導入・敷衍
   現在行われているアレルギー治療は対症療法(薬物の投与)が中心で予防治療が殆んど
  行われていないので、これを日本アレルギー学界が進められるよう積極的に環境整備をしてもらいたい。
   具体的には、アレルギー発症の原因となっている過敏性を抑える免疫療法即ち予防治療である減感作療法を一刻も早く日本の医学界が実施できるように、?研究機関及び医療機関に働きかけてもらいたいこと、?必要なアレルゲン=抗原の輸入及びその保険適用、という2点
 2 現在、我々久我山アレルギー患者の会のメンバーが受けている「長屋式減感作療法」を受け継ぐ後継者の育成を早急に進めてもらいたい。
上記要望に加えて、現在の日本におけるアレルギーに関する臨床研究の中心的機関である国立病院機構・相模原病院臨床研究センターのセンター長である秋山一男氏へ面談を申し入れたときの議事録(長屋医師のコメント付)を提出し、日本の中心機関の推進していることと我々患者が必要としている治療の違いの説明資料とした。



             添付?B

                       平成17年11月15日

          厚生労働省への具体的要望事項

 以下につき早急な対策をお願い致します。
1.日本アレルギー協会によって米国Hollister―Stier社より輸入されている下記アレルゲンの保険対策
?Tree Pollens-------------------------------------------33
?Grass Pollens-----------------ーー---------------------13
?Weed Pollens-------------------------------------------18
?Epidermals and Inhalants------------dog-----------------1
?APTM Standardized Cat Extracts-- ----------------------1
?Insects------------------------Cockroach----------------1
?Standardized Mite Extracts----F,DP---------------------2
?Venoms(耐用期間短いので必要に応じ)
?Molds -------------------------------------------------19
Total----------------------------------------------------88

2.長屋式治療法(減感作治療を進化させた予防治療法)の後継者の育成
そのための具体案として、アレルギー診療センターを設置しここで日本のアレルギー専門医に対して予防治療法に重点を置いた治療体制が可能となるような育成を進める。

                                以上
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2006年11月18日

アレルギー医療改革のポイント

今後我々久我山アレルギー患者の会がアレルギー医療改革を医学界および当局へ訴えていくについての強調すべきポイントは以下の通りであります。

(50年遅れたアレルギー医療レベルの改革のための提言)
最重要点
T.薬物による対症療法はアレルギーを一時的に抑える弥(ビ)縫的な治療法に過ぎ ない。対症療法はアレルギーによる修復不能な呼吸気道のリモデリングを根治することはできない。
U.アレルギー免疫療法(徹底した減感作療法)は アレルギーを治せる唯一の根本治療法であることは1997年にWHOも宣言している。日本以外の先進国はすべてこの治療法を実施している。これを日本でも実施することが急務であること。そのためには日本アレルギー医療改革のために以下が必要であること。
1.アレルギーの原因を突き止めること。通常、複数(20〜30)あるのでそれらを出来るだけ多く確定することが必要。
2.そのためには皮膚テストが必要であること。殆どの医師は血液テストしかしていない。血液テストでは小児やアレルギーになりたての患者には発見できず、見逃す可能性大。
3.そのためには十分なテスト溶液が必要であること。日本には限られており、これを早急にふやす必要がある。
4.テストで分ったアレルゲンの減感作注射が必要であること。
5.そのための注射液が必要であること。→十分にない。
6.その注射をすることの出来る医師がいなければならない。→いないと言って良いほど限られている。
7.以上について現在の日本アレルギー学会は何をしているか→対症療法に終始。アレルギー免疫療法(徹底した減感作療法)を放擲している。
8.国民の少なくとも3割(4千万人)が何らかのアレルギーに悩んでいるという現実の中で、厚生労働省は、国民がアレルギーから解放される唯一の根本治療法であるアレルギー免疫療法(徹底した減感作療法)に目をつぶり続ける日本アレルギー学会に国民の血税を注ぎ続け、徹底した減感作療法に不可欠なテスト用・治療用エキス拡充が急務であるにもかかわらず、国民を救済すべき施策への要請を50年に亘って放置し怠り続けている。
9.以上を改め、早急に、50年遅れたアレルギー医療改革に着手すべし。
久我山アレルギー患者の会
      発起人 as


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2006年11月15日

日本アレルギー協会への要請

 来年2月に予定されているアレルギー週間中央講演会において日本の減感作療法の実態に関する議案を加えて貰えるよう以下の要請をしました。
「財団法人日本アレルギー協会
 事務局長殿 
 前略
  来年2月17日開催予定と聞いておりますアレルギー週間中央講演会に ついて以下の議題を加えて下さいますよう切にお願い申し上げます。当  日、議場においてその現状および日本に於ける問題点と今後の対応につい てご説明をお願いしたいと考えております。宜しくお願い申し上げます。
 議題:日本に於ける減感作療法はなぜ欧米に較べて遅れているのか。アレ ル ギー学会は率先して一刻も早く欧米レベルに達する努力をすべきと我々 患者一同は要望いたします。           久我山アレルギー患者の会 発起人 as 他患者一同
     平成18年11月14日
草々」
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2006年10月23日

長屋宏先生講演議事録

標記の講演は盛況のうちに行なわれました。以下に議事録を記します。アレルギー医療改革に皆様のご支援後協力を衷心よりお願い申し上げます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・長屋宏先生講演議事録

日時      平成18年9月28日 午後7時〜8時45分
場所      四谷区民センター11階集会室2・3(新宿区内藤町87)
議事録作成者  as

1.アレルギー理論の淵源 
 アレルギーは最近でこそ花粉症などとしていろいろ問題になっていますが、人間の病気としては比較的最近に認知された病気です。物の本によれば1600年代が最初という説もありますが、実際には1800年代、花粉症のはしりとして医学論文が医学雑誌に現れたのは1819年J.Bostock(ロンドンの医師)によるものが最初です。『目と胸の周期性のやまい』(Case of periodical affection of the eyes and chest)という題名で自分自身の症状についての論文が発表された。当時はこのやまいの原因が花粉によるものとは結びつかなかったが、1870年代後半になって、このやまいが花粉症であることが知られるようになった。当時、顕微鏡の発明と共に色々な細菌の存在が確認され、いろいろな病気が細菌によって起こることが分かり、例えば1883年にジフテリア菌が発見され、1888年にフランスのパスツール研究所でジフテリア菌を培養し、無毒にしたジフテリア菌の毒素を注射することによってジフテリアに対する予防が可能だということが分かった。それ以来、ジフテリア、百日咳等、いろいろな病気が病原菌さえ見つかれば予防注射によって病気が起こらないということが知られるようになった。このような時代を背景に、当時、ロンドンのセントメリー病院の予防注射科でNoonという医師が、当時は花粉症とは言っていないが、hay feverと呼んでいた症状につき、その原因が花粉のなかに毒素が含まれていて、可能性として、その毒素のためにその症状が起きているのではないかと考えた。もしそうであれば、病原菌に対する予防注射と同じように、花粉の毒素を取り出してその毒素に対して予防注射をすれば花粉症らしき症状も治せるのではないかと考えた。しかし、その毒素があるとしてそれをどうやって取り出すかの方法もわからなかったが、花粉の中に毒素があると仮定して、花粉のエキス(抽出液)を作り、その原液を10倍、100倍、1000倍、10,000倍、100,000倍、と薄めることによって、その希釈液を、薄い順に、徐々に増量しながら、注射局所に反応がないことを確かめて、例えば0,03、0,05、0,07、0,10、0,20、0,30ccずつ注射していくことによって体がそれに対応して徐々に濃くなる毒素に慣れて抵抗力(resistance)をつけていくと考えた。このような注射を続けることによって多々起きることは注射後腫れるとか痒くなるなどの症状がでるので、その時は量を進めないで同じ量を再度注射するという方法を繰り返していって、最終的には最高濃度に到達することによって理論的にはそのエキスの中に入っているかもし知れない毒素に対する免疫もできると考えた。それが今日行われている減感作療法のはじまりで基本的には現在我々がやっている減感作療法と同じです。ただ、実際には花粉の中に毒素が入っているわけではなく花粉のエキスのなかにアレルギーを起こす、その植物の蛋白質が入っているのであります。この反応をNoonは花粉の毒素に対する『原因不明な過敏性』(idiosyncrasy)と定義して、毒素に対して免疫をつくることによって症状を抑えることが出来るという考えを発表した。
2.呼び名の変遷 
 Noonはこの注射を予防注射(Prophylactic innorculation)と呼んだ(1911)。彼は結核を患っていてその後2・3年で死去したが、彼の友人のFreemanがこれを受け継いで、予防注射についてVaccinationという言葉を使った(1914)。その後、1910年代後半にはこの動きが米国にも伝わり、Coocke RJははじめは『脱感作』(Desensitization)、その後、1922にはHyposensitizationという言葉を使った。これが現在使われている『減感作』という言葉の最初であった。更に、1968年に至り、ジョンズホプキンズ大学のNorman P.S.は免疫療法(Inmunotherapy)と呼んだ。また、1997年1月にスイスのジュネーヴで世界保健機構(WHO)の‘アレルギーの治療に関する会議’があり、『アレルギー免疫療法』(Allergen immunotherapy)という言葉が使われ、エキスについてもワクチンと言れるようになった。
 日本で最初に減感作治療が行われたのは1958年で、それ以来、当時の治療法が殆ど改良されずに今日までそのまま行われている。呼び名まで古く、名にふさわしい、幼稚なママゴトのような治療が現在でも行われているのが実態です。
3.アレルギー反応とその原因の探求
 そもそもアレルギーとは何かということについて、語源はギリシャ語でAllos(違う)とErgon(エネルギー・反応)=違った反応、=つまり、‘普通の人とは違った反応をする’ということであります.。
嘗て、なぜ違った反応をするのかが分からなかっ時代を経て、1921年に、ドイツでクュスナー(魚にアレルギーがある)とプラウスニッツ(魚にアレルギーがない)という二人がこの違った反応を起こす何かが人の血液の中にあるのではないかと考え、ある実験をした。クュスナーの血清をプラウスニッツの皮膚の表面に注射し24時間後にその注射した箇所に魚のエキスを注射したところアレルギー反応ができた。このことはアレルギーのある人の血清のなかにアレルギー反応を起こす異常な物質があるという一つの証拠になった。しかし、それが何であるかはその後40年以上にわたりわからなかった。
4.免疫グロブリンIgEの発見とその働き
@免疫学は1950年以降急速に進歩したが、1966年に至り、石坂公成博士が当時知られていた免疫抗体IgG、IgA、IgM、IgDに加えて、免疫グロブリンE(IgE)というアレルギー反応をおこす新しい抗体を発見した。IgEの量は免疫抗体の中で一番多いIgGの10万分の1しかなく当初はその存在を疑問視する動きもあったが、1967年にスエーデンで免疫グロブリンEをつくる多発性骨髄腫が発見されてその存在が確認された。
以上から、IgEはアレルギーを起こす原因であるということがわかり、アレルギーになり易い人はIgEという抗体を遺伝的にもつくり易い体質を持っているということが言える。       
Aところが、スエーデンで多発性骨髄腫を研究していた研究者達がたまたまアフリカで回虫に感染している子供たちの血液中に通常の人の30倍ものIgEがあることを発見した。このことから、寄生虫に感染している人の場合にもIgEが寄生虫から身体を守る働きをしているのではないかと考えられた。この考えは今でも正しい。寄生虫が入ってくる身体の場所は身体の外表(皮膚、鼻の粘膜、呼吸気道、胃・腸など)ですから、IgEは寄生虫から身体を守る働きをするためにこれらの近くに分布しています。これらの外表近くにマスト細胞があり、其の細胞膜の外側にIgEが着いていて寄生虫を待ち構えている。マスト細胞の中には顆粒があって、そのなかにはヒスタミンその他のいろいろな化学物質が入っている。寄生虫が身体の外表を通って中に入ってくると、待ち構えていたIgEは寄生虫と反応してマスト細胞内の顆粒を放出する。放出された化学物質のうち、ヒスタミンは神経を刺激して痒みを惹き起こし、また血管を広げて血液の中の水分を血管からもれ易くする。そして血液中の白血球も出易くする。この白血球が侵入してきた寄生虫をやっつけるという仕組みだと考えられています。この仕組みは寄生虫を防御するためには有効であります。
Bアレルギー反応はアレルギー体質の人にとって、花粉その他が呼吸気道に達してそれらのたんぱく質が粘膜に吸収されると、吸収された花粉のたんぱく質がIgEと反応すると寄生虫侵入のときと同じようなことがおこり、すなわち顆粒が外に押し出されてその中からヒスタミンなどの化学物質が出てこのヒスタミンが粘膜にある神経を刺激して痒みを起こしたり、そこにある粘液腺の粘液分泌を亢進させる、したがって鼻水が出たり、血管を膨張させ、その結果、血液中の水分がもれ出てそこにたまればそこが腫れるので鼻づまりをおこすという花粉症の症状となる。同じようなことが気管支についても起こる。気管支に花粉やダニが付着すれば、ヒスタミンが出てその結果、粘膜から水分が出ればそれは痰になるし、粘膜を腫れさせるので空気の通りを悪くさせる結果、呼吸するたびにゼイゼイという喘鳴音が出たり、呼吸が苦しくなって典型的な喘息症状を起こすことになる。
5.減感作注射によるアレルギー症状の抑制の理論
@1970年代まで
 減感作治療注射をする結果として、あらかじめ注射を受けた結果、もう一つの免疫グロブリン(IgG)ができて、この抗体は普段から血管から出て粘膜の組織をパトロールしている。もしも花粉を吸い込んで花粉のたんぱく質が粘膜から吸収されたときに、花粉のたんぱく質がマスト細胞のIgEと反応する前にIgGが結びついてIgEと反応することを妨害するのでヒスタミンを含んだ顆粒を出せというメッセージが出ない。そのためマスト細胞に変化が起きないため、アレルギー症状も喘息症状も起きないと考えられていた。これは現在でも理論として間違いではないが、今では更に進んだ説明が可能になっている。
A現在の理論
 そこで、何ゆえにIgEなるものがアレルギーを惹き起こし人間を苦しめているかというとについてでありますが、1996年から言われていることですが、いまだに、IgEは寄生虫から身体を守るためのものであるはずのものが、どういうわけか花粉なりダニなりを寄生虫と誤認して反応してしまうと考えられている。実際には、アレルギーにならない人がアレルギーにならないのは誤認することを防ぐ細胞があるからと考えられています。〔後述の質問3への回答中のTR細胞〕
6.国際会議(WHO)によって減感作療法はアレルギー症状を抑える唯一の根本治療と認められた
1997年ジュネーヴで開かれたWHOの国際会議では、減感作療法は完全に避けることができない花粉やダニに因るアレルギーを治す唯一の根本治療法であり、これに対して薬は、どんなに良く効く副腎皮質ホルモンのような薬でも身体から代謝されて出てしまえばその効き目はその時点でとまり、病状は良くなることはなく漸次悪化の一途を辿ることになるということが確認された。この会議には、日本からも、東大の伊藤孝治、熊本大の石川哮、両先生が出席した。しかし、日本ではその後も減感作療法は無視されて今日に至っている。
7.アレルギーの原因となる個々のアレルゲンを発見するには血液テストよりも皮膚テストがより有効且正確
@アレルギーの治療のために何が一番大事かということですが、結局何がそのアレルギー症状を起こしているかということです。それを見つけるためにはテストが必要です。1966年に、石坂先生が血液中にIgEという抗体があることを発見したことにより、例えばIgEはスギならスギ、ダニならダニに対して別々に血液から見つけることが出来ることになりましたが、後述(B)の理由により、実際には皮膚に直接テストする方がはるかに感度が高いと言うことがいえます。血液テストについては感度が低いので血液テストだけでアレルギーがあるとかないとか判断していると見逃す可能性がある。一番見逃し易いのがアレルギーになりたての人です。
A最近は喘息で死ぬ人は減っていると言われていたがこのところまた増えてきている。特に子供が喘息になる率は20年前の倍になっている。喘息の治療は最新の減感作療法によって可能であります。日本の減感作療法は1958年当時から進歩していません。従って、日本は少なくとも減感作治療に関しては劣等国であります。
BそもそもIgEは身体のどこで一番作られるかというと、扁桃腺とアデノイドであります。昔は良くないものとして切除していましたが、免疫学の進歩とともに扁桃腺とアデノイドは免疫をつけるための細胞が発達するところだということが判りとらないほうがいいということで、以後切除しなくなった。IgEの本来の目的-寄生虫から身体を守ること-からして身体の表面に近いところ、例えば皮膚のすぐ下とか呼吸器の粘膜の下のマスト細胞についている。生まれた子供のIgE抗体についてですが、IgG抗体は胎盤を通過できるので母親の免疫力が生まれた子供にも半年ぐらいは続くというのはこのためです。その後は自分で作らなければならなくなる。IgEという抗体は分子量が大きく胎盤を通らない。したがって赤子のIgEは赤子自身が作ることになる。2・3歳の子供でも喘息になるケースもあるが、この場合、花粉症というよりは家の中のホコリを吸っていることが原因でアレルギーになる。いずれにしても、IgEをつくり始めは皮膚の表面に近いマスト細胞の表面に着くので、血液の中にはぜんぜんたまってこない。何年か経ってその人の身体のマスト細胞の全部についてから、余分なIgEが血液の中にたまってくる訳です。それが何年かして血液中に十分な量がたまらないと血液検査しても反応が出ない。従って皮膚テストで明らかにダニにアレルギーがある人も血液テストで反応が出ない人はいくらでもいる。
8.日本のアレルギー医療体制の問題点
@日本のアレルギーの医師は皮膚テストをやらない。検査機関での血液テストの結果だけではアレルギーの原因アレルゲンを見逃す結果となっていると言わざるを得ない。もっとも困るのはその皮膚テスト用の液を日本では作っていないという点です。アレルギー学会が製薬会社にテスト用・治療用のエキスが必要なことを教えればいいわけですが、それもしない。実際に私が日本に帰ってきて、患者さんと接して殆どの人が血液テストはしても皮膚テストはしていないことを知って唖然としたのを記憶しています。さらに、日本にはテスト用(12種類)・治療用(4種類)ともに液が少なく、せっかくテストしてアレルゲンが確認できても治療液は現在ある4種類以外の場合治療できない。テスト代だけ払わされて治療してはもらえないというのが日本の現状です。この現状について、日本のアレルギー学会、アレルギーの教授、アレルギーの指導者、アレルギーの医者、だれも不思議にもなんとも思わないし、患者さんたちが困っていても自分たちには関係ないといった態度であります。特に治療用のダニエキスがないので、もし、ダニに反応が出た場合は厚生労働省公認のハウダストが使われている。ハウスダストにはダニが含まれていることが前提とされていますが、ダニが含まれていないハウスダストもあり、そのためにいくら注射しても効かないから減感作療法は効果ないと結論づけているのは不合理というべきです。50年前ならばこういうことも通用したが、1968年以降は日本の家のハウスダストの中味はダニだということはわかっています。
A日本以外の外国ではダニを純粋に培養し、単に培養するだけでなくて其の中でどういうたんぱく質がアレルギーを起こすうえで重要かということが判っていますから、それを取り出してそれがどれだけ入っているかということも含めて、いわゆる標準化-どれだけ有効か-ということを示す必要がある。日本のアレルギーの医者は50年前に始めたそのままのかたちで減感作治療を行って効かない効かないといっている。ダニが入っているかいないかもわからないハウスダストを使っているので減感作療法をやってもしょうがないと言っている。50年前のことを今でも世界中でやていると思っている。そのためにアップデートされた減感作療法を日本ではやらない。そのためにこの治療法が日本に普及しないのです。それは日本のアレルギーの指導者たちが海外の進取の医療技術に眼をつぶってWHOも認める唯一の根本治療法を推進しようとしないからです。結局、日本のアレルギーの専門医は減感作療法は効かないからという陳腐な固定観念にとらわれているのでやらない。そして他のアレルギー専門医でない医者と同じように薬の処方だけやっている。
Bもう一つ重要なことは花粉のエキスです。日本にはテスト用が12種類しかない。これに対し、(日本で厚労省の許可を得て)日本アレルギー協会を通して入手可能な、米国政府食品・薬品局が承認した米国製の花粉だけでもテスト用・治療用ともに64種類の液があり、これらは日本においてもすべて厚生労働省の許可をとって入手可能ですから、本当にやる気があるなら、日本でも米国並みの減感作療法ができるのです。
米国から取り寄せた65種類のエキスでテストした結果、反応が上から多い順に20位までを示したなかで、一番多いのはダニですが、ダニは2種類あri
日本ではそのうちの一つであるコナヒョウヒダニのエキスはあるが標準化されておらず、ただすり潰しただけでアレルギーを起こすのに重要なたんぱく質がはいっているとかどの程度の反応が起きるかのチェックもしていないエキスが厚労省によって承認されている。ないよりはいいとはいえるが。
C実際に、外来にみえた患者さんの中から無作為に100人選んだうち93人はダニにアレルギーがある。陽性の頻度の高い順に上位20位までのうち上位10位のなかでダニとカモガヤ以外にテストの液がないだけでなく、ダニとカモガヤを含めて治療液がまったくない。スギ花粉にアレルギーのある人の90%はカモガヤにもアレルギーがある。11位から20位までについてはテストできるのは、ヨモギとブタクサとオオアワガエリの3種類しかなく、そのうち治療液があって治療できるのはブタクサだけであります。ヒノキとかイネ科の草に反応を示す人は日本人の中に多いのに日本ではイネ科やヒノキの治療液はまったく作っていない。
D木の花粉も含めてこれらイネ科の花粉は同じ時期に飛び回っていますから、スギにアレルギーがあるからということでスギだけのエキスを注射しても、ヒノキとかそれ以外の木の花粉やイネ科にアレルギーがあると、患者の症状はちっとも良くならないということになる。このような状況の中で不勉強なアレルギーの医師たちは減感作療法は効かないといっているのはけしからんという他ないというべきです。
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質問1 今日の新聞によると、若い喘息患者は最近増えているとのことですが、大気汚染などは昔に比べれば改善してるので喘息が増えているのは室内のダニの問題で増えているのか、あるいは食物など他の何かが原因なのか先生のお考えを伺いたい。
 病院で18歳以下の子供が喘息にかかっているとレントゲンを保健所に持っていき証明書を出せば医療費がただになるというのがある。大気汚染はいいわけないですが、医療費をただにするというような仕事を政治家がしているように見える。公害地域の人がすべて喘息になるわけではない。実際に公害喘息といわれる子供のアレルギーの本当の原因はダニアレルギーであります。公害そのものが喘息を起こしているのではなく、ダニが原因で喘息になっています。ところが日本にはダニの治療液がなく、治療するセンスのある医者もいない。ただなんとなくお金を出して自分たちの行き届かないところはうやむやにしている。たとえば、タバコを吸っている人すべてが喘息になるわけではない。喘息になる人の多くはアレルギーがあるからです。それと同様に公害を吸っている人すべてが喘息になるわけでなく、喘息になるのはアレルギーがある人だからです。そしてそのすべてがダニにアレルギーがあると言っても過言ではありません。日本でアレルゲンエキスを作っている唯一の会社はなぜダニエキスを作らないのか聞いた処、何億もかかるうえに作ってもだれも買って使わないと言っている。これにつき誰が悪いかといえば、日本のアレルギー学会がそういうもの使って治療すれば治るということを言わないからです。そういうことを教えないのです。あまり永い間教えなかったので教える人もいない。大学の先生も、アレルギー専門医という看板を掲げていてもやっていることはただ処方箋を書いているだけというのが実態です。この実態を学会でもアレルギーの擁護になると称しております。それで、今、私は『日本のアレルギー診療は50年遅れている』という本を書いていますが、日本としてこんなに惨めなことはないのに誰も気がついていない。国立相模原病院の秋山先生は何億(?)もの国民の血税の予算を使って日本のアレルギー研究の最大の政策責任者です。我々の税金を一番沢山使っているのはこの相模原病院の臨床研究センターではなでしょうか。理研にお金をあげて立派な基礎研究をやっている。基礎研究も結構ですが、何故に今すぐに人々の役に立つことをしないのか。(昨年10月に久我山アレルギー患者の会から代表者2名が減感作療法の普及を訴えて陳情したが体よく断られた。)喘息の原因は100%ダニアレルギーといって間違いない。ダニで減感作をやったらみんな良くなります。アレルギー学会の機関誌に数年前にある症例発表があった。子供が3年間に3回死にそうな発作を起こした症例を治療法の手本として掲載している。排便時に発作を起こるのを防ぐのは抗コリン剤(アセチルコリンというのは副交感神経を刺激するもの)、排便する時は腸を収縮することですから、腸を収縮するということは副交感神経の緊張が高まるということで、副交感神経の緊張が高まるということは気管支も収縮するので、発作が起こる結果になっている。この子供は5ヶ月間の入院中、排便の都度に病院のスタッフが付き添って、抗コリン剤の吸入(これは副交感神経の抑制剤で慢性気管支炎とか肺気腫の人に使われてはいる)させることによって、意識をなくすような発作を防いだとしているが、実際には治っていないのです。この子供は血液テストでヤケヒョウヒダニに重度のアレルギーがあるとされていますが、この症例を書いている人は日本小児アレルギー学会の理事長です。ダニにアレルギーがあると判っていて、減感作のことも、少なくともそれを避けるべきことも書いていない。あくまでも抗コリン剤を使って少なくとも致死的な発作から救った手柄話のように書いている。これは手柄話というよりまさに無知のさらけ出しと言っていいと思います。アレルギー学会も編集長も救いようもないといった状況です。皆さんに少しでも政治的力があったら何とかしてもらいたいです。あまりにも勉強しなさすぎる。外国のことを。これだけ-最新の正しい減感作療法-をやればどれだけ多くの子供たち、また大人の喘息患者を救えるか計り知れないと思います。アメリカでは普通にやっていることを日本では誰も知らない。私が声を大にして言ってもみんな知らん顔しているのが現実です。日本で減感作療法をやったことのある人は私のように年をとって昔減感作療法をやって効かなかったという経験だけが頭に残っていて、あんなものをやってもしょうがないと二言目には言う。私の言うことが信じられないのなら、実際に自分の患者にダニを使ってやってみてはと言っています。自分の患者がいかによくなるかがわかってもらえると思います。でも誰もやろうとしないのです。だからそれほど薬屋さんに興味があるのかなと言えます。やってみればこんなに効くものか、ということがわかります。減感作治療をやっていれば、小児喘息で学校を休むなどあり得ないし、入院するとか、ましてや死ぬなど考えられません。現実には小児喘息を含めて毎年何千人も喘息で死んでいます。あまりにも日本のアレルギー診療の不甲斐なさを感じます。佐藤氏や広瀬氏が陳情に行っても適当にあしらわれ、学会も厚労省も新聞社も相手にしてくれない。一時期、私のところにも取材にきて、1年に3回もTVに出たこともありますが、それは一時的なお祭りのような取材の仕方で広まるどころかそれっきりで終わっている。本日は私の言いたいことの十分の一も言えませんでしたので、私の本が出版されたらお読み戴ければ私が何を言いたいのか判っていただけることを期待いたしております。どうも御静聴有難うございました。
質問2 患者から一言
 私は子供と共に先生のお世話になっている者ですが、私は子供のころから長年、喘息の発作に悩まされておりました。子供のころの記憶としては喘息の記憶しかないぐらいひどかったのです。大人になってからも治らなくて入院も長くしましたが、1993年になって先生の治療を受け、一ヶ月で治りました。ほんの一ヶ月です。夢みたいでした。それ以降、13年間先生のお世話になっています。其の間、一回も発作が起きていないのです。それほど先生の減感作療法は効くのです。逆に先生にお目にかかってこの治療を受けなかったら、今頃死んでたかもしれない。まさに先生は私にとって命の恩人でございまして感謝の言葉もないくらいです。私の息子-小学校5年生-は喘息ではないですが、ちょっとアレルギーがあり、鼻水が出るとか、皮膚のアレルギーでした。昨年、先生のお世話になって半年、一年で鼻水がでなくなり、皮膚も良くなりました。これらの原因は花粉症かとまわりから言われていましたが、実はダニが原因でこういう症状が出るのではないかと私は思っています。ここにおられる先生の患者さんはみなそうだと思うんですが、先生には一年でも長く頑張っていただきたいと、心底から思っています。同時に、私たちのやるべき行動の論点が二つあると思います。一つは、製薬会社によるダニ、ダニを中心としたアレルゲンの開発、厚労省による認可、これを何とかしてもらうこと。もう一つは、減感作療法を一人でも多くのお医者さんに普及していただくこと。それを何とか、佐藤さん、広瀬さんと協力しながらやっていきたいと考えています。先生には一日も長く治療を続けて戴くことを祈念すると共に、我々も力を尽くして行きたい思いますのでよろしくお願いいたします。
質問3 一度治っても治療を続けるのが必要か、それとも、治って終わったらもう何もしないでいいのか。それと遺伝的な要素があるのか、その辺をお伺いします。
 最近、わかったことですが、アレルギー体質に対して正常な体質の人はアレルギー反応を監視してそれをおさえる細胞が十分にあるということがいえます。TR細胞(regulatory T-cell)といっています。アレルギー体質の人にはこの細胞が十分でないためアレルギー反応が起きやすいということになります。減感作療法はこの細胞を増やすのに役立っています。
1970年代までは、IgGという阻止抗体(blocking antibody)が最も大事だと考えられていました。この考え方は賞味期限を持ったたんぱく質であるIgGが身体を守るのですから、その賞味期限と共にIgGも期限を持つと言うことになる。しかし、たとえばハシカに一度かかると二度と麻疹にはかからない。これはハシカのウィルスが身体からなくなった訳ではない。身体に潜伏していて常に身体の免疫性を刺激している。同じように生きているヴィールスで予防注射した場合にはそのヴィールスが一生身体の中に生きているので免疫力が保たれて、二度とハシカにはかからないということになります。ところがジフテリアの毒素を注射しても免疫を維持するのはたんぱく質の抗体ですから、期限がくれば免疫力を失う。従って、アレルギー反応についてIgGだけが阻止力を担保しているならば期限の到来と共にそれを失うことになる。
ところが、ここ数年来、免疫反応を監視する細胞(TR細胞)があるということが分かり、ことに減感作療法をやることによってそういう細胞が増えて来ることが分かった。アレルギー反応をコントロールするこの細胞が何年と言う単位で生きて、しかもそれは子孫を残すことも出来るし、たんぱく質とは違ってはるかに寿命が長い細胞と言われています。減感作注射により実際にアレルギーをコントロールする細胞が出来るという可能性が非常に強い。そして沢山注射をすればするほど其の細胞が増える。かなり長く注射を続けてやめた患者の中には10年、15年経っても平常生活をしている人が多くいることをアメリカでの経験からも言えます。
 遺伝については、その人のDNAによってどういうたんぱく質をその人の敵と看做すかで決まります。たとえば、昔、結核になる人で一番治りにくいのは結核菌に反応しない人でした。結局、結核菌を自分の敵と見なし得ない人はその見えない結核菌にやられてしまう。アレルギーの場合も、スギの花粉をアレルギーの原因と見えなければ、IgEも出来ない。アレルギーを起こさないようにする細胞が沢山増えるような遺伝子があればいいわけですが、しかし、いろいろなアレルギーを起こす原因や色々な感染をおこす原因も別ですから、そこまではゆかず、要は、アレルギー反応が行過ぎないように抑えてくれる細胞が増えるということが一番大事だと言えます。
以上

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2006年08月14日

長屋宏先生の講演会のお知らせ

標記の件、下記により2006/9/28(木曜日)午後7時〜9時四谷区民センター11階集会室2・3にて開催されることになりました。ご興味のある方、とくにアレルギー治療にたずさわる主治医の方々のご参加に期待しております。申し込み先 FAX 03-3341-2128 e-mail: honbu@ihma.or.jp(締め切り:9月10日)ただし下記はasの原稿ですが、主催者側はこれを修正して案内状に出しているようです。

『イーマ9月(第73回)例会のご案内

9月例会はアレルギー疾患の臨床医長屋宏先生をお招きして最新のアレルギー医療技術をお聞きします。
本会会員のTH氏〈61歳〉は9歳で喘息を患い、以来、病院での治療・民間療法などあらゆる治療を実践しましたが効果なく、35年以上も発作と薬害(ステロイド)に苦しみ続けました。でも、5年前、長屋先生の治療を受けてからは一度も発作が起きておりません。子供(花粉症・アトピー)にも治療を受けさせ、良い結果が得られています。長屋先生は東京世田谷の久我山病院で15年前からアレルギー診療を続けておられますが、まじめに通う患者の殆どがアレルギーの悩みから解放されています。患者の大半が喘息や花粉症の苦しみから解放されるために長年、多くの医院、大学病院やアレルギー専門病院を渡り歩いて来ました。そこで受けた治療は点滴治療や薬物による対症療法の繰り返しで、高用量のステロイドの点滴で一時的に症状が改善しても退院後ステロイドを減量すれば症状の再発悪化のため、入退院の繰り返しを経験して参りました。長屋医師の患者である我々は、幸いにも長屋医師の著書、雑誌の記事やテレビ(TBSなど)番組で米国で行われている減感作療法のことを知り、久我山病院に通院して、あの恐ろしい、息ができない喘息発作や花粉症の苦しみから解放されています。この事実により、アレルギーに悩む人から人へと長屋式減感作療法の効果が伝わり、東京近郊だけでなく名古屋、大阪、沖縄からも先生の診療を受けるため来院する患者がいます。これまで先生が診られた患者数は延べにして1500人を超え、現在も毎回100人近い患者が受診しています。この治療効果を日本国中に広めようと、昨年春に久我山アレルギー患者の会が発足。以来、日本のアレルギー医療の改善を目的として、学会、厚生労働省、マスコミに働きかけて来ていますが、現在までのところいずれからも前向きの反応がありません。むしろ、本元である久我山病院では、多くの患者が快方するにつれ、重篤患者用の治療が必要なくなり、病院経営上診察日の縮小と新患受け入れの停止という後ろ向きの事態になっています。従って、今回、多くの患者を救いつつある長屋先生のアレルギー診療技術を拝聴し、出来るだけ多くの人々のご理解をいただき、また、特に医師の方々に後継者として引き継いで戴きたく、ご参加戴ければと思います。

日時:平成18年9月28日(木曜日)受付18時
開演 18時30分〜19時活動報告 19時〜講演
講師 長屋宏先生=医学博士(医療法人久我山病院
アレルギー科部長)
演題 日本のアレルギー診療は50年遅れている
〈喘息も花粉症も正しい減感作療法で治る〉
<プロフィール>1931年(昭和6年)、横須賀市生まれる。1956年、東京大学医学部卒。57年東大病院物療内科に入局、フルブライト留学生として渡米。60年にいったん帰国後再渡米してノースカロライナ州デューク大学医学部内科でアレルギーおよび呼吸器病の研究を行い、68年同大学助教授。74年、カリフォルニア大学アーバイン校医学部内科副教授兼ロングビーチ在郷軍人病院アレルギー部長となり、82年、同大学教授。90年に帰国。杏林大学医学部内科客員教授(2002年まで)。久我山病院アレルギー科部長(現在)』
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2006年08月12日

久我山アレルギー患者の会設立趣意書

久我山アレルギー患者の会設立趣意書は本会設立に当たって出来たものですから、本来このブログの冒頭で披瀝すべきものですが、ここにご紹介して我々の活動の趣旨をご理解戴きたいと思います。
『日本に於けるアレルギー治療の改善を訴える患者の会
(久我山アレルギー患者の会)
2005年5月
発起人 as

一 本会設立の趣旨 
近時、日本では、特に春先に大量の花粉が全国を飛散・猖獗を極め、多くの国民がこれに的確に対応すべき医療を受けられずにアレルギー症状に悩まされ続けてきています。花粉症に悩む人々が年々増加し今日では国民の3割に達するといわれています。
花粉症は現在では全国的問題となっているにも拘わらず、厚生労働省および日本の医学界はアレルギー治療の根本的な対策をとっているとは思えません。厚生労働省の承認の下に日本の医学界によって現在国内で広く行なわれている不画一・千差万別の治療実態では対処できなくなりつつあることを問題とせざるを得ません。
現在の日本のアレルギー治療の実態は、アレルギー疾患への対症療法に中心がありアレルギー疾患そのものの予防治療については未だ端緒についたに過ぎないのではないかと思われます。米国では花粉に対してだけでも64種類のスクラッチ・テスト溶液と減感作治療液が現在実際に医療機関によって使われているのに対して、日本では厚生労働省によって認められている日本製のスクラッチ・テスト用液は12種類また減感作用治療液は4種類に限られているなどテストはできても対応する治療液がないなど、現下の日本のアレルギー治療のレベルは世界の先進治療の潮流の中で明らかに遅れており、この遅れた日本の医療事情を早急に改善させ、日本のアレルギー疾患に対する治療なかんずく予防治療を欧米並みのレベルに引き上げて貰いたい。
このアレルギー疾患の根本的な予防治療法として、欧米では既に半世紀以上も前から減感作治療法が主流として定着していると聞いておりますが、日本では全くといって良いほどこれが実施されていないのではないでしょうか。むしろ根本的な予防治療は大半の医療機関で無視されているといえるでしょう。アレルギー症状の根本的治癒を齎らす治療法を一刻も早く日本の医学界が採用して厚生労働省のバックアップ(保険上の対応も含め)のもとに国民をアレルギー疾患及びそれを原因とした皮膚疾患・呼吸器系疾患等の苦しみから解放される状況を創出すべきであります。
我々患者の会は、今日の医療環境の中で長屋宏医師のもとに、この減感作治療を基本にした長屋先生の緻密な患者個々の症状に応じた治療(以下、「長屋式治療法」)を受けてきており、その結果、その治療を長期且つ継続的に受けている我々患者の多くがアレルギー疾患から解放されつつあります。
その患者数については、長屋医師が米国から帰国してこの治療を開始されたこの15年間に延べ人数が1000人を超え、患者の居住範囲も久我山近辺に止まらず、静岡、愛知、大阪、沖縄に及び、現在も毎週ベースで治療を受けている患者数は100名を超えている状況であります。長屋医師が一人で対応できる限界を超えるこの患者数は如何にこの治療法がアレルギーに悩む我々患者達の苦しみを取り除いてくれているかを物語っています。このことをできるだけ多くの国民に知って戴きたいと願っております。
この治療法は日本で通常受けられる他の如何なる治療とも全く異なっており、これによりアレルギー症状に悩む国民が健康上且つ経済的にもより快適に過ごせる日本のアレルギー医療環境レベルを享受できるようになることを期し、この目標を一刻も早く実現させるため我々アレルギー患者自身が立ち上がる必要を感じます。
我々は前述のアレルギー治療の改善を目途に「長屋式治療法」を厚生労働省・日本医学界・マスメデイアに働きかけるため本会を設立するものであります。
二 当面の本会の具体的目標    
1 前提 
本会は「長屋式治療法」をアレルギー治療法の改革目標として全国へ広め且つその治療の担い手が途絶えることなく排出してくれることを当面の具体的目標としたいと考えますが、その理由はこの治療法が我々患者の受診経験のなかで最良の結果が出ていると感じているからであります。
2 米国での実情 
米国では減感作治療法が確立されておりますがそれはどちらかといえば画一的・マニュアルどおりの治療をすべての患者に当てはめているようであります。事実、花粉症のメッカといわれる米国中西部での筆者の経験でもこの地方で受けた治療の多くは画一的・マニュアル型治療であったことを敢えてここに指摘したいと思います。この経験から、確立した減感作治療を行う米国においてすら直ちに「長屋式治療法」ほどの緻密さが治療実態として一般化しているとは言えないのではないかと思えます。
3「長屋式治療法」の定義
「長屋式治療法」は、2つのカテゴリーに分れ、その第一は対症療法であり、第二が予防治療であります。対症療法では投薬治療により現に患っている苦しみを軽減することを目的としています。この治療法は現在日本で広く行われていると思われます。しかしこれは単に苦しみを和らげるだけでその苦しみの拠ってきたる原因の除去につながる治療ではないのであります。この原因の除去を目的とする治療がまさしく「長屋式治療法」の第二のカテゴリー即ち予防治療である減感作治療法であります。
「長屋式治療法」は、米国で現在確立実施されている減感作治療法をさらに進化させた長屋先生独特のきめ細かな減感作治療法であります。長屋先生の治療法は、最大100種類を越えるプリック・テストに基づく患者各個のアレルギー症状に応じた注射液を作るところから始め、その日々の症状に応じた適量の注射液の投与とその反応に合わせた対応というきめ細かな治療を長期に亙り粘り強く行うものであり、これを症状にあわせ週2回を基本に行い、液の投与蓄積量が増すにつれその効果発生の長短は個人差はあるが確実に顕れており、このことは、以下に示される患者の実体験でその証明が窺い知れるところであります。共通して最重要といえることは患者側のこの治療を続ける長期に亙る堅固な意思であります。何故ならこの治療は継続的に通院が不可欠であるうえに即効性に欠けるが故に惜しむらくは少なからぬ患者がこの治療法に見切りをつけて辞めてゆくケースが少なくないのであります。けれども、辞めていった患者のなかにはこの治療に復帰している患者(筆者もその1人)も少なくないのではないかと思われます。
三 症例
  (花粉症)50歳の主婦
三十代半ばから花粉症を患っていたが平成9年長屋医師の治療をTVで知りこの治療を開始して7年の後マスクも頬かむりもしない普通の生活をおくっている例。
  (慢性気管支炎・喘息)66歳男性
当初毎日呼吸困難で死を覚悟していた状態で長屋先生の治療を開始したが目立った成果を感じずに何度か辞めかかった後、結果的に8年続いた治療の暁に毎週1〜2回の通院と1日1〜2回の吸入をするだけでほぼ普通の生活に復帰し、イネ科の花粉アレルギーがあるにも拘わらず毎週ゴルフを楽しめるほどに回復している例。
(アトピー性皮膚炎)34歳の女性会社員
アトピー性皮膚炎を30年も患い他の複数の医療機関でさじを投げられて長屋医師を訪れた患者の症状が2年で軽快し現在皮膚科の世話にならないで済んでいる例。
(気管支喘息)34歳主婦
中学2年に気管支喘息と診断され以後喘息の苦しみに苛まれ幾多の医療機関・漢方医の治療で成果なく、この治療を開始して7年の後現在普通の生活に復帰している例。
以上、現在長屋医師のもとで確実に回復しつつある症例は枚挙に暇がありません。
四 厚生労働省への具体的要望事項
  (具体的要望の背景)長屋先生はいまだに矍鑠としてはおられるとはいえ御高齢故に、患者のなかには現在の治療をいつまで受けられるかに不安を感じ、後継者ができるだけ多く輩出し日本国中いつでも何処でもこの治療を受けられる環境の実現を願う気持ちが高まっております。従って、我々患者の会は特に次の二点につき可及的速やかに実現すべく要望したいと考えます。
(第一の要望)「長屋式治療法」を全国に敷衍させるため、アレルギー学会が後継者育成に力を注げるようバックアップしてもらいたい。
(第二の要望)「長屋式治療法」は米国での治療を日本で実現するものであり従ってそれに必要な米国製のテスト用と治療用エキスが必要であります。これらは日本アレルギー協会を通して入手可能でありますが、現在保険でカバーされていないため自己負担が基本となり、このような患者の経済的負担軽減のため保険対策を実施してもらいたい。    
上記を当面の目標として我々久我山患者の会は会員メンバー一致結束のもと活動を開始す
ることとしたい。                       以上』
posted by AS at 01:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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