2011年01月01日

より良いアレルギー医療の実現のために

         2011年元旦に寄せて
          ----より良いアレルギー医療実現のために----
               
              久我山アレルギー患者の会 発起人 佐藤昭彦

一.アレルギー疾患者の現状及び久我山病院の存在
国連の世界保健機関(WHO)はアレルギー疾患の根本治療法としてアレルギー免疫療法(減感作療法)を認定しております。日本ではこの治療法が殆んど行なわれていません。日本アレルギー学会がアレルギー免疫療法をこれまでアレルギーの主要な治療法として推進してきていないからです。アレルギー患者にとって日本は砂漠のようなものでしかありません。病状に軽重はあるものの花粉の季節が過ぎるのに耐えるか一時的な効果を期待して薬に頼るなどして過ごしています。しかし、通年性のダニについては避ける術もなく、重症患者は薬漬けにされ助かる見込みもなく、ただ苦しい状況を引き伸ばされ、自己管理という個人責任の中でついには死を迎える状況に放置され続けています。
日本で唯一アレルギー疾患を根本的に治してくれている所があります。それが長屋宏医師が行なっている久我山病院アレルギー科です。アレルギー患者にとってここは砂漠の中のオアシスです。ここでこれまでの20年間に数百人のアレルギー重症患者が治癒の恩恵に浴し実社会に戻って行っています。この久我山病院アレルギー科が病院による患者の声を無視した方針で廃止されようとしています。日本ではここ久我山病院で長屋宏医師からしかアレルギーの根本治療即ちアレルギー免疫療法を受けることが出来ません。日本で唯一のオアシスがその水を抜かれ枯渇しようとしています。全国の皆さん!どうかこのオアシスを維持できるようお力添え下さい。
二.アレルギー免疫療法はなぜ効くのか
 最新の学説によると、アレルギー体質の人はそうでない普通の人と比較してアレルギー反応を抑制・コントロールする細胞の量が少ないためにアレルギー反応が過剰に起きる傾向にあります。しかし、免疫(減感作)注射によって免疫細胞のなかのアレルギー反応を抑制コントロールするTR細胞という細胞が注射回数と比例して増大し限りなく正常人(アレルギー体質のない人)の量に近づくという。そして、長年に亘り減感作注射をしているとその働きをする細胞の子孫まで体内に蘇生する可能性があるというのです。これにより注射をやめてもこの細胞が多ければ多いほど長年に亘り(10〜15年)アレルギー反応が抑制され続けるということが明らかになったといいます。アレルギー体質の私にとってこの上ない朗報です。他の用事を犠牲にしてでも手間を厭わずに減感作のために病院に来たいという誘引の力強い支えになっています。これまで十年以上に亘る病院通いが無為に終わるのではなくその苦労が身体のなかに財産として蓄えられつつあるということであります。なんともうれしい充実感に浸らしてくれる理論です。事実、重篤な喘息患者であった筆者が13年この治療を続けた結果健常者と変わらぬ肺機能を回復しています。注射を止めて2年経った今もこれが続いているのです。
三.日本のアレルギー免疫療法の現状
1.では、このアレルギー免疫療法は日本で広く行なわれているのでしょうか。この質問に対する答えはほぼノーと言っていいでしょう。その理由は、私の知る限り、まず第一に、民間の大半の医療機関で行われていないということ。行なわれていても一部の抗原についてであって患者に必要な十分なものではないこと。第二に、主要な専門医療機関で行われていたとしてもハウスダスト(WHOにより1997年に抗原として不適切とされています)などの限られたものについてしか行われていないこと、という点です。このため、効果が殆んど期待されていません。国民の少なくとも3割(4千万人)がアレルギーに冒され、毎年、3000人を超えるぜん息死をひき起こしている日本においてアレルギーの根本治療法であるはずのアレルギー免疫療法が不完全な形でしか行なわれておらず、欧米先進国に遅れをとっている日本のアレルギー医療の一刻も早い改革が必要であります。私が久我山病院に来る前に日本の民間医療機関で受けた治療(メプチンによる気管支拡張作用とステロイドの吸入・服用による炎症の一時的な抑制)は単なる一時しのぎの対症療法であり、何らアレルギーそのものの根治の治療にはなっていませんでした。このまま続けていたとしても今頃私はアレルギーに苦しみつつひょっとして死んでいたのではないか、と思うと日本のアレルギー医療のレベルの低さというより恐ろしさを身をもって感じます。
四.久我山病院でのアレルギー免疫療法
筆者の場合、長屋医師による100を超えるアレルゲンの皮膚テストの結果、37種類のアレルゲンに対して反応がありました。この反応があった中の主要なアレルゲンすべてに減感作注射できて初めてアレルギー疾患から解放されたのです。もしこの通院と長屋先生の治療がなかったら今の私の存在はあったでしょうか。16年前、私は呼吸困難のためあたりが薄暗く感じられ、ただ息苦しく、死ぬのではないかという不安で自らをコントロール出来ず、妻に支えられなければ立ち上がることもできなかったのです。しかし、アレルギー免疫療法は即効性がないため悶々としていた時期に他の医師によって漢方など他の治療法を薦められるなどの誘惑にさらされたこともありました。ここで一歩踏みとどまったのがよかったのですが、大枚はたいて無益な漢方に明け暮れていたらどうなっていたでしょうか。どこか他の病院でステロイド漬けにされ骨をやられて寝たきりになっていたか、あるいは暗い夜に突然の発作による窒息により絶命し人生を終えていたかもしれません。でも私は今元気に生きています。それは長屋医師による米国並みの最新の減感作療法すなわちアレルギー免疫療法を受け続けてきたからであります。(長屋医師のアレルギー免疫療法の真髄については別途ブログ参照)
五.日本のアレルギー医療環境の貧弱さ
では、今の日本に私を治してくれた37種類のテスト溶液と治療液があるでしょうか。(→ない。)
 その前に、そもそも37種類のアレルゲンが如何にして特定されたでしょうか。それは100種類を超えるアレルゲン(日本にはないのですべて米国製)で皮膚テストをした結果判明したのです。(→日本には十分なアレルゲンもなければ皮膚テスト溶液も注射液もない。不完全な結果しか得られない血液テスト(十一.2参照)しか行われていない。よしんば血液テストでアレルゲンが判明しても減感作のための注射液が限られている。→テスト代を払っても治療はしてもらえないのが実情。患者にとってあまりにも不合理ではないか!)
現在の日本には花粉についてはテスト溶液で12種類、治療液で4種類(うち重要なものは2種類のみ)しかないと聞いています。花粉以外では、私の最もアレルギー反応の強いダニやオリーヴの花粉のエキスがテスト溶液・治療液ともに標準化されたものがないという。更に私にとって重度の反応のある数種のカビについても米国には19種類あるのに対して日本には5種類のテスト溶液しかなく、治療液については殆どないと聞いています。スギ花粉症の人の4人に3人はヒノキの花粉症があり、さらにうち2人はマメノキ・オリーブ・ニレ・カシ・ヤナギにも花粉症をもっていることが臨床上明らかになっていると聞いていますが、これらについてもテスト溶液・治療液共にないのです。このことからもスギ花粉症の患者にスギだけの免疫注射をしてアレルギーが治るはずがないのは明らかです。
この状況が日本でアレルギー免疫療法が効かないといわれる唯一の原因だと聞いています。私が今こうして普通人の生活が出来ているのはアメリカから輸入されたテスト溶液・治療液によっています。日本にあるものだけの治療では私の快適な現在はなかったと断言できます。日本では50年前からこの状態が変わっていないと言われています。
六.米国製抗原の汎用性
アレルギー免疫療法の根底にあるアレルゲンについて日本に殆んどないとして、それはテスト溶液、注射液共にすべてアメリカ製であるのでそれが前提の治療法の結果が果たして日本人に効くのかという点が問題です。日本アレルギー学会及び厚生労働省は正にこの点に着目して外来のものを排除しているかのごとくです。アレルギー患者が苦しみから開放されるために今必要としているものに目を閉じて放置しています。少なくとも久我山病院では殆んど全ての抗原は米国製でこれにより多くの患者が効果を得ているということから日本人についても有用といえるのではないかと思います。私のアレルギー免疫療法の効果についてははっきりと断言できます。そしてここ久我山病院のアレルギー患者たちについても言えます。今の健康な自分がその証明の一つになります。
七.厚生労働省の治験制度の障壁
 日本とアメリカのアレルゲンに差があるかについては少なくとも治療効果については共通であると考えてよいのではないかと思います。異民族を前提として確立されたアメリカの抗原はいわば最先端の技術と英知を駆使して作られた堅固な石橋であり、これに対してこの石橋を国税と時間を費やして無為に叩いている厚生労働省の現在の治験制度はアレルギー患者の苦しみを放置するための障壁の役割を果たしており、その間に4千万人のアレルギー疾患者は根本治療から引き離され、患者にとって効果が刹那的で医者にとって安易で無畏な薬漬け政策に翻弄され続けています。
八.高価な治療費の実態
 そういう状況の中、有効なアレルギー免疫療法は日本アレルギー協会を通じて米国製アレルゲンを自己負担によって入手して行う道が残されているに過ぎません。しかも日本においてそれが十分な形で可能なのは私の知る限り久我山病院の長屋宏医師によってのみです。このアレルギー免疫療法が他でも行われているといっても、それは数少ないアレルゲンによるか、鼻炎のような軽微なかつ局所的なアレルギー症状にしか効果がないとされる舌下減感作が大学の研究機関で試験的に行われているに過ぎません。舌下減感作の場合は免疫注射の場合に比して3〜300倍以上の濃度のエキスを使うとされているので即効性があると期待されているようですが、その治療対象から喘息ははずされまたその危険性のないことがはっきりしているのでしょうか。数100倍のエキスを一度に使うのでその費用も高額にならざるを得ないでしょう。日本アレルギー学会はWHOが公表いているアレルギー免疫療法から何故にそっぽを向き続けているのでしょうか?教えて下さい。KA理事長殿!!!アレルギー患者の切なるお願いです。
九.日本のアレルギー医療を阻んでいるものは何か。
 日本のアレルギー医療の本流は根本治療ではなく対症療法に特化する傾向にあります。これは病魔を排除する医療ではなく病魔とうまくやって行こうとする彌縫的な対処方法ではないでしょうか。
日本では50年前から根本治療法であるアレルギー免疫療法が進歩していないと言われています。医療の分野での国際交流が日本にはないのでしょうか。特に日米のアレルギー臨床医学の交流がないことが日本のアレルギー疾患の治療の立ち遅れにつながっていないでしょうか。
日本のアレルギー医療を阻んでいるものには少なくとも三つのことが考えられます。
@アレルギー学の分野での日本人の活躍には顕著なものがあります。1966年石坂公成博士によるIgEの発見、1968年の宮本昭正博士によるコナヒョウヒダニの発見などアレルギー学界に世界の先駆けとなる偉大な業績を残した学者がいたにもかかわらず、何故に日本のアレルギー治療法がかくも遅れを取っているのでしょう。それは日本医学界の歴史上、これまで患者との接点にいる臨床医が無視されてきたことに要因を求められるのではないかと思います。日本で最初に世界的な名声を博した医学者野口英世博士ですら臨床医であったために日本の当時の学会から乾されていたといいます。医学界の主流は大学・研究所であり、そこで大量の医学博士が製造されます。今日医学生の7,8割以上が博士号を取得すると聞きます。資格取得のために医学生は教授先輩の主義主張をしっかりと守って現体制にしがみついています。そこに海外の最新医療技術・学説の入り込む余地は極めて少ないと言えるのではないでしょうか。学問のほかの分野でこのようなことが起きているでしょうか。例えば他の自然科学の分野や法律学、経済学等の社会科学の分野で博士号を取得できるのは1割にも満たないでしょう。
A嘗て減感作療法が初めて日本で始められた頃、有力大学の現役学者が喘息を患らっていたことから自らの手製のエキスで自分に注射したところ、同僚の見守る中でアナフィラキシーをおこして死亡した事故があったといいます。この事故以来日本の指導的な学者の間に減感作療法に対する恐怖が蔓延しており、アレルギー学会の趨勢としても、患者ではなく医師にとってより安全な薬物による対症療法に傾斜していったという見方をする人もいるようです。減感作療法においても、特にダニへの恐怖心が強く、ハウスダスト(中身が何だか不明な、しかしダニよりは安全?→中身が不明ゆえに危険なはずだが)による代用の習慣ができたようです。そしてこの内容不明なハウスダストを厚生労働省が牢乎な治験を通過させて治療エキスとして認可しています。学者の間に恐怖による科学的思考の放擲が続いているのだろうか。1997年にはWHOがハウスダストは非科学的ゆえに免疫療法には不適切と認定していることを想起すべきであります。海外では患者救済のために減感作療法の技術が日進月歩を遂げている間に、日本では50年前のプリミティヴな減感作療法がいまだに続いている。これはアレルギー臨床レベルでの立ち遅れとして世界に対して恥ずかしく、そのために薬漬けにされて苦しみ続ける患者にとって許し難いことではないでしょうか(文京区のT病院及び同愛記念病院の例は本ブログに掲載済)。
B 大学内の既得権益争いも関連しているようであります。
ある大学でアレルギー学部の新設の話が持ち上がった。教授会で学部新設の討議がなされたが、耳鼻咽喉、皮膚、小児、各学部その他の学部からの強い反対で否決されたという。患者救済のための討議ではなく各学部の権益争いのうちにこのアレルギー学部新設のアイデアは葬り去られたという。
以上、@、A、Bの事実からも日本の医学界の現状が如何に患者を無視した状況にあるかがわかるでしょう。
十.世界の潮流から目を背ける日本アレルギー学会とそれを支える厚生労働省
 経済・社会の分野で取り払われつつある鎖国障壁がアレルギー医学会では厳然として守られつつあり、そのために日本のアレルギー患者は最新の医療の恩恵を受けられない状況におかれております。その原因として、日本アレルギー学会は患者のための医療をやっていると言えるでしょうか。世界の潮流から目を背ける日本アレルギー学会とそれを支える厚生労働省は糾弾されなければなりません。
学界も政府もアレルギー疾患という病巣駆除のための根本治療をやってきておりません。WHOが推奨し、アメリカでもフランスをはじめとするヨーロッパの先進国でも普通に行なわれていると聞いておりますアレルギー免疫療法がなぜ日本だけで一部でしか行なわれていないのでしょうか。私はアレルギー患者を薬漬けに放置し続ける日本アレルギー学会・厚生労働省に翻意を求めたいと強く希望します。厚労省はアレルギー学会に長年に亘り国民の血税を注ぎ学会はその血税をアレルギーに苦しむ国民を救うことのできる根本治療法であるアレルギー免疫療法の実施拡充に努めるべきでります。にも拘わらず、対症療法としての薬物療法に集中しています。これは患者の苦しみを一時的に和らげるだけの弥縫的な対症療法に過ぎず、根本治療を避けて何ら治癒の保証のない薬物療法に特化しています。多くのアレルギー専門医は病の根本治療を放擲し、ステロイドなどの薬による副作用と自己管理という自己責任を患者に強いることにより、ただひたすら製薬会社を利する結果を招いています。何とかこれを改め、患者のための根本治療を日本に実現して欲しい。
十一.日本のアレルギー医療の改革のための具体策
 私は我々アレルギー患者が根本治療を受けられるようになるためには日本のアレルギー医療の改革が必要であると叫びたい。アレルギー医療の主役である日本アレルギー学会、そのスポンサーである厚生労働省に対して日本のアレルギー医療の改革のために次の提案をしたいと思います。
A.前提
T。薬物による対症療法はアレルギーを一時的に抑える弥縫的な治療法に過ぎない。対症療法はアレ ルギーによる修復不能な呼吸気道のリモデリングを根治することはできない。
U。アレルギー免疫療法はアレルギーを治せる唯一の根本治療法であることは1997年にWHO  も宣言している。日本以外の先進国、特に米国ではすべてこの治療法を実施・拡充している。これ を日本でも見習い拡充・実施することが急務であります。
B.日本で現在十分に実施されていない改革すべき具体的な項目
 1.アレルギーの原因確定
  アレルギーの原因を突き止めることがスタートとなる。通常、複数(20〜40)あるのでそれらを出来るだけ多く確定することが必要。米国から政府レベルで必要量を輸入可能であると思います(*)。
2.皮膚テストの必要
 その確定の手段そのためには皮膚テストが必要であること。殆どの医師は血液テストしかしていない。血液テストでは小児やアレルギーになりたての患者には発見できず、見逃す可能性大。〈アレルギーテストは体内のIgEの有無・量を測ることだが、IgEはアレルギー反応とともに身体の外表(皮膚・呼吸気道・鼻胃腸壁など)にまずたまり、その部分に十分たまってから残りが血液中にたまってゆく。それゆえ血液中に反応に表れるほど十分なIgEがたまる以前に喘息などの重篤なアレルギー疾患を起こしていることがある。この場合は血液テストに表れないのでミス判断になる。まず第一に皮膚テストをすべきでそれによりアレルゲンの早期発見が可能になる。このための抗原も米国から調達可能(*)
3.テスト溶液の確保
 テストのためには十分なテスト溶液が必要であること。日本で入手可能なテスト溶液は限られており、これを早急にふやす必要がある。これも米国から調達可能です(*)。
 4.注射液の確保
 テストで分ったアレルゲンの減感作注射が必要であること。
 そのための注射液が必要であること。→十分にない。テストはやっても治療液がない→患者はテスト 代を払わされて治療してもらえない状況。同じく米国から入手すべき(*)。

(*):以上1,2,3,4についてアレルギー患者はもう待ちくたびれており、厚労省の治験を待つ時間はなく直ちに米国から輸入して対応すべきであります。国粋主義こそ患者の敵です。

5.安全かつ有効な減感作注射を行える医師の養成
  その注射をすることの出来る医師がいなければならない。→いないと言っていいほど限られてい  る。→長屋医師を講師にしては?
6.厚生労働省への要請
 以上につき日本アレルギー学会は何をしているか→対症療法に終始。
国民の少なくとも3割(4千万人)が何らかのアレルギーに悩んでいるという現実の中で、厚生労働省は、国民がアレルギーから解放される唯一の根本治療法であるアレルギー免疫療法に目をつぶり続ける日本アレルギー学会に国民の血税を注ぎ続け、アレルギー免疫療法に不可欠なテスト用・治療用エキス拡充が急務であるにもかかわらず、国民を救済すべき施策への要請を50年に亘って放置し怠り続けている。以上を改め、早急に、50年遅れたアレルギー医療改革に着手すべし。      以上、今現に苦しんでいるアレルギー疾患者の声を聞いていただきたい!一刻もはやい改革が必要です。
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2010年12月29日

より良いアレルギー医療の実現のために

久我山アレルギー患者の会は久我山病院に於ける突然のアレルギー科廃止・転出を告示する掲示について先に撤回を求める書状を送付しましたがこれに対し久我山病院康和会より以下の書状が届きました。
『佐藤昭彦様
 アレルギー科の取扱いについては、院内に掲示している「お知らせーアレルギー科の廃止・外部への転出についてー」(平成22年12月22日付け)のとおりです。
長屋医師は現在休暇に入っており、年明けになって話合いを再会することとしています。お知らせのとおり、具体的な転出先等今後のことが決まりましたら、追ってお知らせいたしますので、ご了知のうえ、ご理解をお願いします。』
これに対して以下のとおり再度新患受付の再開・これまでどおりの診療の継続をお願いする
書状を送付しましたのでお知らせいたします。

平成22年12月29日


〒157−0061
東京都世田谷区北烏山2丁目14番20号
社会福祉法人 康和会 理事長 高尾佳巳殿
貴殿の『お知らせーアレルギー科の廃止・外部への転出について』のとおり、との回答書簡拝受しました。
我々久我山アレルギー患者の会は22.12.26付われわれの嘆願書に対して貴殿のご回答を待っているのです。長屋医師の休暇とは無関係であります。『今後予想される外来診療室不足等へ対応するため』にアレルギー科を廃止・転出すると述べられています。我々への診察は今後予想されるのではなく今現在続いているのです。それをなくするのですか?何故ですか?アレルギー患者はどうなるのですか?アレルギー患者の声をまったく聞かずに廃止・転出とはどういうことですか?我々アレルギー患者の納得のいく説明をして下さい。何の説明なしに我々から診察の機会を奪ってしまうのですか。一歩譲って、何処であろうと今までどおりの診察を受けることを保証していただけなければ納得がいきません。これは長屋医師の休暇とは無関係です。
久我山病院に於けるアレルギー科の廃止決定を撤回して下さい。新患受付を再開してください。久我山病院での長屋医師の診療をこれまでどおり続けられるようお願いいたします。これは貴殿が決定する事項ではありませんか?
再度、患者及びサポーターの署名116名分を添えてお願いいたします。

平成22年12月29日
久我山アレルギー患者の会 
発起人  佐藤昭彦


添付書類:   116名の患者及びサポーターの署名書コピー
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2010年12月27日

より良いアレルギー医療の実現のために


アレルギー患者の皆様
 久我山アレルギー患者の会は久我山病院に対して下記の嘆願書を送付しました。この種の書類は本来出頭の上直接手交すべきものですが、久我山病院側は患者の会の如何なる接触も弁護士同士でしか認めないとしておりますので郵送にせざるを得ませんでした。我々久我山アレルギー患者の会の活動はすべてボランティアにより自前でやっており弁護士を雇う余裕はありません。また、法律事項でもないことにその専門家を使う合理的理由もないと思っております。皆様のご理解とご支援をお願いいたします。   久我山アレルギー患者の会 発起人 佐藤昭彦
  平成22年12月26日

『〒157−0061
東京都世田谷区北烏山2丁目14番20号
社会福祉法人 康和会 理事長 高尾佳巳殿

嘆願書

久我山病院に於けるアレルギー科の廃止決定を撤回して下さい。新患受付を再開してください。久我山病院での長屋医師の診療をこれまでどおり続けられるようお願いいたします。
患者及びサポーターの署名116名分を添えてお願いいたします。

平成22年12月26日
久我山アレルギー患者の会 
発起人  佐藤昭彦


添付書類:   116名の患者及びサポーターの署名書コピー』
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2010年12月21日

より良いアレルギー医療の実現のために

全国のアレルギーに苦しむ国民の皆さん!:久我山アレルギー患者の会は明日、以下のチラシを来院される方々へ頒布しますのでお伝えいたしますと共にご支援のほどお願いいたします。
               久我山アレルギー患者の会 発起人 佐藤昭彦

  平成22年12月22日

社会福祉法人 康和会 理事長
高尾佳巳殿へお願いします!!

アレルギー患者の声を聴いて下さい!

アレルギー科において新患受付が今月いっぱいで停止されました。現在の患者への診療についても来年4月からアレルギー科がなくなります。
久我山病院にアレルギー患者への診療がなくなるのです。その後今の患者への診療がどうなるのか病院側から一切説明を受けておりません。
その説明を受けるべく、病院トップへ会談を申し入れましたが、電話で予約なしには受けつけられないとのこと。早速電話したところ、弁護士を通じてしか話ができないとのことでした。しかも、我々患者とは直接会えない、当方側にも弁護士を立てるべし、その弁護士となら話ができるという。病院と患者の問題を何故弁護士同士でしか話せないのでしょうか?これは一体どうしてでしょう?
我々患者は今後ともアレルギー根本治療を受け続けていきたいのです。これは法律事項ではありません。病院・患者間の診療是非の問題です。苦しい経済状況の中、命をつなぎとめるために、そして失われかかった快適な生活を取り戻すために、通う手間隙を厭わずに長屋宏先生の診療を受けるべく通ってきております。何故、診療の機会を我々患者から奪ってしまうのでしょう?
日本で唯一のアレルギー疾患の根本治療がここ久我山病院で行われています。
それを実施しておられるのがアレルギー科部長 長屋宏先生です。この先生をおいてアレルギー根本治療を実施している医師は日本にいません。願わくばこの治療が全国に広まって、多くのアレルギー患者のためになればと思います
アレルギー患者の皆さん。他科の患者の皆さん。近隣の住民の皆さん。
そして、全国のアレルギーに苦しむ国民の皆さん。長屋医師の診療を続けていただけるようご支援ください!お願いいたします!!!!!!!

久我山アレルギー患者の会 一同
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2010年12月13日

より良いアレルギー医療の実現のために

  平成22年12月13日


〒157−0061
東京都世田谷区北烏山2丁目14番20号
社会福祉法人 康和会 理事長 ****殿

拝啓
時下、ますますご清栄の段お喜び申し上げます。
 さて、突然の書状で失礼致しますが、小生、「久我山アレルギー患者の会」の発起人は患者の皆様と共に、長屋式減感作療法を全国に広めるべく、政府・学会・マスメデイアに働きかけつつ、活動を続けてきております(貴殿への平成18年4月24日付書状ご参照)。
今般、久我山病院アレルギー科部長長屋宏医師から伺いましたが、久我山病院トップの方針で、長屋医師による初診の年内終了,更には来年3月末付けで久我山病院アレルギー科そのものを廃止するかまたは長屋医師を退任させる、との情報が入りましたが、その真偽の程を伺わせて戴きたいと思います。
この情報は、我々患者の会が団体交渉を経て去る平成19年2月16日付けで貴殿と交わした合意内容(コピー同封のとおり)に悖るものであります。即ち、当時の記録によれば、病院側の回答は「長屋医師が治療を続ける意思のある限り、アレルギー科は存続させるのが病院側の経営方針である。」とあります。何ら患者の会に対して事前通知なしに病院トップによるかかる患者への嘗ての言質に悖る方針が推進されつつあるとすれば我々患者の会として看過し得ないことであり、その真偽の程を大至急当方へご通知いただけますようお願い申し上げます。
敬具
平成22年12月13日
久我山アレルギー患者の会 
発起人  佐藤昭彦

同封資料T:平成19年2月16日付「久我山病院との面談議事録」コピー
同封資料U:平成19年2月19日付「久我山病院との面談議事録」コピー





同封資料T.久我山病院との面談 議事録(コピー)
日時:  平成19年2月16日(金)午後1:00〜2:00
場所:  久我山病院3階応接室
出席者: 病院側 社会福祉法人康和会 理事長 ****氏
         久我山病院 総務部長  **氏   
     患者側 久我山アレルギー患者の会
          発起人 佐藤昭彦 他3名

          患者側からの要望内容
1、久我山病院アレルギー科のお蔭で、我々患者は、気管支喘息、小児喘息、花粉症、アトピー性皮 膚炎等各種アレルギー病から解放され、健康を回復することができた。この点、病院側に謝意を表 したい。久我山病院アレルギー科の長屋宏医師は、日本のみならず世界でもトップクラスの医療技 術を持っている。このような高度な医療を廉価で提供していただいていることにも感謝する。
 しかしながら昨年4月以降、診療日が削減され新患受付が停止された。その意図を伺いたい。
2、長屋医師が最先端のアレルギー治療を行っていることは学会でも認められつつある(日本アレル ギー学会の研究推進委員に選任された)。しかしながら同医師は高齢であり、長屋式減感作療法を 行う後継者が必要である。我々患者も厚生労働省に陳情に赴く等努力しているので、貴院にも助力 願いたい。
3、昨年4月アレルギー科が縮小された際143名の患者が診療体制を元に戻すよう署名活動を行った  が、貴院からの回答がなかった。患者と病院側との密なるコミュミケーションをお願いしたい。

病院側の回答
 1、長屋医師が治療を続ける意思のある限り、アレルギー科は存続させるのが病院側の経営方針で ある。
 2、しかしアレルギー科の患者平均単価は約2,700円であり、他科の平均約6,000円と比べ著しく低 い。これは診療の点数が、注射料が15点にすぎず再診料代も低いためである。アレルギー科では患 者が入院せず外来診療だけとなっているため、病院にとって経営負担が重くなっている。また長屋 医師の後継者がいないという問題もある。従って、経営側としてはどこかで妥協点を探さざるを得 ない。それが昨年来の新患受付停止、診療日の削減という結果になっている。
 長屋式減感作療法は本来、久我山病院のような中小の病院ではなく、大学付属病院かクリニックで やるべきものであると思う。
3、減感作療法は保険修済技術となっているため、高い診療報酬が与えらない。そのことが患者の単 価が低い原因となっているとともに、(給料が安くなるため)長屋医師の後継者難を呼ぶ一因とな っている。アレルギー学会に先進医療になるよう働きかけ、高い診療報酬を得られるようにしたら どうか。また診療の点数を上げるよう求めたらどうか。それが時間はかかっても一番の解決策だと 思う。
4、患者とのコミュニケーション不足については、昨年7月の総務部長交代に伴う行き違いがあった。

患者側より、以上を受けて
@病院の経営事情については理解できたので、患者側としても減感作療法が先進医療になるよう、今後アレルギー学会に働きかけていきたいこと、
を述べると共に、
Aしかし、今日この日にも長屋式減感作療法を受けることができないため喘息発作等に苦しめられている患者がいること、過去の例からみると新患を取ったからといって必ずしも患者数が増えはしなかったこと、
を指摘して、新患受付の停止の撤回を求めた。
また長屋医師の後継者探しについての助力を求めた。

以 上











同封資料U.久我山病院との面談 議事録(コピー)

日時:  平成19年2月19日(金)午後7:30〜8:30
場所:  久我山病院3階会議室
出席者: 病院側 社会福祉法人康和会 理事長 ****氏
         久我山病院 総務部長  **氏
     医師側 久我山病院アレルギー科 長屋医師  
     患者側 久我山アレルギー患者の会
          佐藤昭彦 他4名

合意事項
4、本年3月14日(水)午前より新患の受付または診療を再開する。新患の診療日は当面水曜日の 午前とするが、状況により変更もありうる。
5、通常の外来診療も、水曜午前を除き現状のまま継続する。ただし長屋医師と患者間の話し合いに 基づく変更・縮小はありうる。

上記合意を証するため、本証書2通作成の上、下記甲乙両当事者署名捺印の上、各1通を保有する。
平成19年2月19日

甲  東京都世田谷区北烏山2−14−20
                         社会福祉法人久我山病院康和会 
                           理事長  **** 
                                                                                    
乙 東京都杉並区久我山3−17−412      久我山アレルギー患者の会
                         発起人 佐藤昭彦 他2名



               
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2010年12月04日

より良いアレルギー医療実現のために

全国のアレルギー疾患に悩む皆様へ以下に先般行なわれた長屋宏先生の講演内容を掲げます。
久我山アレルギー患者の会 発起人  as

 第60回の日本アレルギー学会秋季学術大会
市民公開講座
健康に役立てよう免疫・アレルギーの知識

日時:2010.11.27 午後2:00〜午後4:00
場所:東京国際フォーラム Hall-B5-1

司会 須甲松信先生(東京芸術大学 保健管理センター)
   杉山公美先生(獨協医科大学 呼吸器・アレルギー内科)
須甲: 私はアレルギー学会の広報委員をしており、杉山先生は副委員長をしておられます。本日第60回目の記念すべき大会ですので、北から南へ津々浦々、全国の皆様へ今大会の内容をお届けしようという試みで、インターネットを使ったライブ配信で行なうこととしました。即ちテレビで見るのと同じような形で2時間の放送をお届けしたいと思います。
   今日のテーマはアレルギーの根本治療にかかわる免疫療法、あるいはアレルギーを抑制する治療ということでお話いただきます。そしてお話いただきます内容は国民の皆さんにわかりやすいかたちで行ないます。ですから、わたしはこの市民公開講座は国民公開講座といっていいと思います。それでは早速、講演の方へ入ってまいりたいと思います。
杉山:今回の講演は1部、2部に分かれ、1部は、長屋先生がダニの免疫療法、そして平田先生がハチの免疫療法についてお話いただき、そして皆様からのご質問にお答えすることとし、第2部の方は奥村先生に講演をお願いする、という二部構成で行なうことと致します。
須甲: まず、長屋宏先生にはダニの減感作、小児喘息を中心とした講演をお願いいたしますが、長屋先生のご略歴についてご説明いたします。1956年東京大学医学部を卒業され、57年東大医学部物療内科に入局、その直後にフルブライト留学生としてアメリカに留学されました。アレルギーと呼吸器病学の診療と研究を経てデューク大学内科助教授、1982年カリフォルニア大学アーバイン校教授を経て、1990年帰国、杏林大学医学部客員教授になられました。そして現在は久我山病院アレルギー科部長をされておられます。アメリカの免疫療法を日本に導入するための努力を続けられて今日に至っておられるところであります。
講演
長屋宏先生(久我山病院 アレルギー科部長、元カリフォルニア大学医学部内科教授)
「ダニ・免疫療法(ダニ・減感作療法)で小児喘息から救われた4人の患者さん」
  今日は、小児喘息に苦しまれたご本人もしくはそのご両親にお出でいただいて、ダニの免疫療法、これは別名減感作療法ともいわれていますが、この治療によってよくなられた皆さんにその経験談をお伺いしたいと思います。

まず、Fさんお願いいたします。
症例T.私は1961年9月生まれの49歳です。2歳で発病しましたが、17年前(32歳)に久我山病院で長屋先生の減感作療法を受けてから今日に至るまでまったく喘息の発作とか症状が出ていません。ですから喘息患者というよりは元喘息患者といってもいいぐらいであります。発病は2歳の時であると親から聞いていますが、小学校の時は3分の1ぐらいは休んでいまして苦しくて何度も死にたいと思ったこともあります。中学、高校になっても喘息は治らず、大学を出て大人になって就職してからは文京区にありますT大学病院に通院するようになりました。そこで初めて減感作療法という治療を受けました。そこではハウスダストだけの減感作療法でした。減感作療法の他にベータ刺激薬と気管支拡張剤を使用するというものでした。その病院ではこれが最新の治療法であってこれを続ければよくなるだろうとのことでした。しばらくして通院していた土曜日が外来診療がなくなったので、墨田区にあるD病院に移りました。ここでは吸入ステロイドを処方され、毎日毎晩これを使うようになりました。しかし、喘息が快方に向かうようには思えず、むしろ悪化しているように思え、何日か入院治療を余儀なくされるようになりました。このような中、仕事どころか死んでしまうのではないかとさえ感じる毎日でした。しかし、職場に喘息治療でよくなっている人がいてその人に紹介されて、長屋先生のところに来るようになったのです。
長屋:どうもありがとうございました。福嶋さんがいらした時の1秒量(空気をいっぱい吸って吐き出す最初の1秒間の空気量)の値は2.8リットルで、最近の値は2.54リットルです。(これは誰でも1年ごとに20〜30ccずつ減りますが)、これは同じ年齢と身長の正常な一般人の予測値の78%にあたりほぼ正常に近い値を示しています。
症例U.、次に、お母様がこの会場に来ておられますが、3歳で喘息を患われ、それ以来19年間喘息症状を患ってお見えになったケースです。初診時に22歳の大学生で1秒量が66%だったのが、今は29歳ですが5年半のダニを使用した免疫療法による治療で、3.1リットルになり、予測値の101%になって全く正常になられているという例であります。
次に、Nさんお願いいたします。
症例V.本日は私どもの体験を話させていただきます。この子が息子の雄介です。15歳になりました。長屋先生には3歳の頃よりお世話になっていて今年で12年目になります。
息子は赤ちゃんの頃よりさまざまなアレルギー症状があり、2歳より喘息を発症しました。私も幼い頃より小児喘息を経験しておりましたので、小児の時の喘息は一過性のものだと思い、大人になったら治るよ、と軽く考えていました。けれども息子が3歳になったある日、しつこい咳が続きまして、小児科から借りている吸入器で4時間おきに吸入してもききめなく苦しそうにしていました。そこで、休日の夜でしたが近所の同愛記念病院に駆け込みました。夜間の急な治療でしたが、血中酸素濃度が低いのと医師が喘鳴を聞いた段階で緊急入院となりました。医師から重度の喘息発作を起こしているといわれました。入院後、息子はステロイド療法と吸入治療によって一命をとりとめて日に日に元気になっていきました。(★病院内の状況:同室の10才ぐらいのお子さんは1日中咳をしてアトピー症状に苦しんでいて、毎食後7種類ぐらいの薬を飲んでいましたし、同じぐらいの年齢のお子さんや小学生のお子さんたちは常時ステロイドの点滴瓶をぶら下げながらガラガラと廊下を歩いていました。それから病院から学校に通っているお子さんたちも沢山いらっしゃいました。成人病室をのぞいてみるとチアノーゼで真っ黒な顔をした方々が点滴の瓶をぶら下げながらベットに廃人のように横たわって寝ていました。これは私にとって大変ショックな光景でした。)東大の先生から言われたことは、成人まで喘息を持ち越さないよう気をつけましょうということとクスリと仲良く暮らす人生になるでしょうということをたんたんと平気な顔でおっしゃられていました。その言葉は私にとってまさに死刑宣告のようなもので周りで苦しんでいるこのような患者さんのように、うちの息子も本当にこのようになるんだろうなと、本当に暗闇に突き落とされたような気持ちでした。それでも、何か助かる方法があるかもしれないと思い、入院中に看護婦さんに病院にあるアレルギーの本をすべて集めてくれるよう依頼して読みました。それで読んだ本に書いてあるのは殆んど、「掃除をしましょう。アレルギー物質を避けた生活と食事をしましょう。花粉時の外出は極力控えてマスクとサングラスをしましょう。」と、どんな本にもそれしか書いてありませんでした。私は、頭を抱えて、これからこの子のために毎日死ぬほど掃除をしなければならないのか、外出時には防護服や宇宙服を着なければならないかとか、また、食べられるものも食物アレルギーがありましたので、毎食がロシアンルーレットなのかな、と思いました。大変絶望しているときに、母から朗報が入りまして、母親の知人の方でひどい喘息発作だった方がある治療により随分快方に向かい快癒したと聞き、その先生の本を私は早速取り寄せて読みました。其れが長屋先生の著書でした。その著書の中には減感作療法という治療法が書いてあり、その減感作療法がアレルギーによる免疫反応をいかに抑えるかが書いてありました。私は早速久我山病院に予約をし、1ヵ月後やっと診察の日が来ました。初めての診察で、長屋先生は大変丁寧な対応をされて、息子が生まれてから今までの経験を1時間以上かけてじっくりと聞いてくださいました。親の気づかなかった些細な反応にまで先生は気づかれて、息子の病気の発症の原因を探られました。今まで行ったさまざまな小児科やアレルギー科では流れ作業の治療だったり、時にははなから決め付けられて、先生から上から怒鳴られた経験もありました。長屋先生の診察にはとても感激しまして、本物のお医者様に出会ったなと思いました。先生から今後の治療についての説明があったあと、先生は私たち(息子もいましたので)に一言「治りますよ」と仰いました。その言葉は暗闇にいた私たちにとって大きな光でした。それから約10年以上たちました。息子は今ご覧の通り15歳で立派に育っております。すごいことは、アレルギーのお子さんを持つ親御さんたちには信じられないことだと思いますが、減感作治療を始めて以来、ひゅうひゅう言って寝られないという日は1度もありませんでした。本当になかったんですよ!アレルギー児の母親って言うのは24時間戦っているようなもので、夜中の咳、発作、また日中でも何か悪いものでも口にしたらどうなるんだろうと、常に神経が張っている様な状態ですが、長屋先生に出会って減感作療法を受けさせていただいて、私の息子は安心と安息の日々を戴きました。ステロイドの点滴瓶をぶら下げていた日々が本当にうそのようです。そして、長屋先生は治療を開始された時から減感作療法を続けながら、肺機能を正常に保つために、吸入と薬をコントロールして、積極的に使う治療を進められました。母親は子供に薬を使うことには拒絶反応があるものですが、「うまく使っていって、減感作療法と薬の使い方で大人になった時に肺機能が正常になり、老人のような肺にならないようにする」ということでこんこんと説得されました。私は薬の使用について抵抗がありましたが、言うとおりにしましたら、本当に良い結果が出て、今では他の男の子に比べて何ら変わりのない肺機能を持っていると思います。結果、大変元気に育ちまして、小学校のころのお泊り行事は全て行きました。たべものアレルギーがありましたが、給食も食べて育ちました。小学校の頃より、皇居で5キロメートルのマラソンを毎月したり、スポーツも、水泳、ラグビー、空手と、普通の子と何ら変わらずにやってきました。久我山病院には私たちと同じような患者が沢山います。医療関係者や興味のある方は一度来ていただきたいと思いますが、本当に奇跡のようなことがごろごろ転がっております。長屋先生の治療を受けるために日本全国から沢山の方々が集まってきているんですけれども、現実に日本には減感作療法に欠かせないアレルゲンエキスが非常に少ないと聞いております。殆んどの患者がアレルギーをもっている治療用ダニアレルゲンさえ日本にはないというのが現状だそうで、長屋先生はその殆んどをアメリカから取り寄せて治療してくださっております。これらのアレルゲンは輸入する訳ですから高価な治療薬で、今、ネットでも共同購入すると安く手に入るというのが最近の常識ですが、日本の医療機関が共同で大量に購入するシステムになればもっとダニの免疫療法=減感作療法を受けられる世の中になって、私たちのような幸せな経験をして欲しいと、私は強く願っています。
長屋:どうもありがとうございました。
症例W.次に、Iさんのお子さん、W君の症例で、2歳の頃から、軽い、最初は鼻炎で、喘息症状がありまして、初診に来られる1ヶ月前に喘息が出て小児科の医師から初めて経口ステロイド剤を処方されました。母親自身が喘息があって私のところにお出でになってよくなられたので、2歳半の息子の経口ステロイド剤服用を懸念してお連れになったケースです。お子さんの治療経過についてご説明ください。
I:息子は、私がアレルギーを持っていたこともあって、生まれたときから鼻詰まり等があ
って、1歳9ヶ月の頃から毎月のように喘息の発作のようなことがあって、小児科から気管支拡張剤や鼻水、咳を止める薬を処方してもらいました。病状の様子から喘息治療をしたほうが良いといわれ、対症療法のようなお薬を飲み続けること、あとは吸入をすること、そういう治療で、こんなに小さい時から薬を飲み続けることに不安を感じて長屋先生のところにご相談に行ったら、2歳過ぎの小さいお子さんでも注射を打てると伺い、この治療を始めました。
長屋:スライドで説明したいと思います。
W君について2歳半、2007年の7月の時点で血清IgEが345あったんですが、ヤケヒョウヒダニとコナヒョウヒダニのアレルゲン特異的IgEについてクラス4とかクラス5という高い値で疑いなくアレルギー、しかもダニが原因の喘息でありました。その1ヶ月前に経口ステロイドを飲まされた状態でありました。治療を始めたのが7月で、その2ヵ月後にまた同じような症状が起きて、(減感作注射治療については最初のうちは非常に少ない量しか注射できませんから当然2ヶ月では効くわけはありませんが、)その時はまた小児科医師から経口ステロイドを処方されました。しかし、治療開始から3ヶ月目に、同じような風邪をひいたときには、こんどは経口ステロイドは全く使わずに喘息症状は治まったのです。治療を始めて5ヶ月目(12月)以降は風邪をひいても喘鳴もなく喘息症状は全く起きなかったのです。私の経験でも2歳半で始めたのは出雲さんのお子さんが初めてでしたが、翌年の6月(治療開始後11ヶ月目)には、1回のダニの注射量は450単位までに増えました。これは大体多くの人が喘息症状がおさまった後は,それを続ければよいという維持量に近い値です。また、この治療を始めてから、そのときまでに受けた全体のダニの(累積)注射量は約4300単位で、僅か1年足らずのうちに、そこまで行くことができたわけです。しかもこれ以後は風邪をひいても喘息は一回も起きていないということが判りました。
I:そうです。風邪をひても鼻水が出ても、以前は喘息症状が出たそれ以後が大変でしたが、其れがなくなりました。ちょっと咳をするなあということはあってもそれ以後はそのまま治まるという形で、一晩中起きていたりとか、外に出て冷たい空気に当たるとすぐに咳き込むとかいうことがなくなりまして、回りのお友達が喘息に悩んでいることを聞いてもうちは一切そういうことがなくなり、咳をすることもほとんどなくなって、親としても本人としても楽で健康な日々を過ごすことができるようになっております。
長屋:有難うございました。それではKさんお願いいたします。
症例X. K:私は二人の子供のアレルギー治療を通してこの減感作療法に早期治療がいかに大切であるかということをお話したいと思います。現在10歳の長男は小さい時から皮膚が弱くいつも慢性的に鼻炎を起こしていました。また、風邪をひくといつも治りがおそく長引き、かかりつけの小児科でもこれらの症状はアレルギー体質のため治りがおそいのだと説明をいただいていました。その後、いろいろなアレルギー科、お薬、治療など試して参りましたが、症状にこれといった回復の兆しもなく、半ばあきらめのまま、まもなく小学校に入学しました。そして、7才半の夏休みになり、長屋先生の減感作療法を受けることになりました。治療に先立ち細かく検査していただきますと、風邪を長引かせている間に肺の下の部分3センチ位が無気肺になっていて、それから今までわからなかったいろいろな食べ物や、今まで気にしたこともない草花にもアレルギーがあることがわかりました。ハウスダストやダニに関してはかなり強い反応があり、長期的な治療で数値を下げて行かなければということで、週に1,2回の減感作治療が始まりました。それから1年もしないうちに長男の方は「そう言えば風邪をひいてもこじれず、ゼーゼー、ヒューヒュー言わなくなったな」とか、「皮膚の状態がステロイドの塗り薬を使うこともなくなり、随分よくなったな」という実感を持てるようになった頃、当時5歳であった次男が以前の長男と全く同じような症状を見せるようになりました。当時幼稚園児でしたので、この治療は大丈夫なのかなと不安がありましたが、以前先生が、「この治療は始めるのが早ければ早い方が治りが早いですよ」、と仰っていらしたことを思い出して、思い切って次男も先生の治療を受けさせることになりました。現在まで、長男の治療は7歳半から3年2ヶ月、次男は6歳から1年4ヶ月、そして治療を始めた年齢はたった1年半の差ですけれども、先生が仰っていたとおり、アレルギー反応が出てからあまり時間をおかずに長男より1年半早く治療を始めた次男は親の目から見てもめきめきとよくなり、血を出してもその上から掻き崩していた皮膚はつるつるになりアレルギーの数値もどんどん下がってきました。私の夫はアトピー性皮膚炎ですし、夫の父は長い間喘息に悩まされています。そして子供達も同じ遺伝子を受け継いでおり、アトピーや喘息の兆しが本当に沢山ありました。以前よりずっと良くなったとはいえ、まだ治療のゴールが見えない長男に比べ、治療暦1年半たらずで、長男より1歳半早く治療を始めたという理由で、先生から、おそらく近いうちに、この先も大したアレルギー反応を起こすことがない体になるでしょうと言っていただけるようになったのです.私の周りにも喘息で大変な思いをされている方が沢山います。特に小さなお子さんの場合はお話を伺うのがつらくなるほどご家族の心配は計り知れません。ですが、私が自分の子供の話しをしても「遠く離れた病院に小さな子供を連れて週に1,2回通院するのは無理です。」と仰います。
今のお話でお分かりいただけたかと思いますが、アレルギー、喘息は、恐る恐る付き合う病気ではなく、減感作療法は小さな子供でも無理なく、そして、アレルギー発症後の治療開始までの期間が短ければ短いほど回復が早いという、すばらしい治療法です。一日も早く、日本中のいたるところで、気軽に、この減感作療法を受けることができるようになることを願って止みません。
長屋:どうもありがとうございました。
お兄さんの方は治療を始めてから最初の7ヶ月目に到達できた1回のダニ注射量は僅か
30単位で、其れまでに受けた全部(ダニの累積)の注射量は、大体384単位でした。
しかし、弟さんの方は、発症後早くに治療を始めたので、開始時はあまり変わらないけれどもその後急激に1回ごとの注射量が増え、最初の7ヶ月目に到達できた1回の注射量は800単位までになりました。これは大人でもなかなかここまで来るには10年も15年もかかって到達する量です。お兄さんの方は最初の7ヶ月目までの合計のダニの注射量は384単位までしか注射ができなかったのですが、弟さんは6000単位で桁違いでした。弟さんは血液検査はダニに対して初めから陰性です。血液テストは特にダニに対して感度はあまり高くはなく、多くのお医者さんは血液テストしかなさらないのですが、結論から申しまして、血液テストでネガティヴな人の半分近くは皮膚テストで陽性と出ることが多いのです。それで、弟さんの方は血液テストが最初は陰性でしたが皮膚テストでは3+の陽性でありました。治療を始めて8ヶ月目には皮膚テストの陽性も全く陰性になって今は全くダニのアレルギーの反応がなくなりました。弟さんの現在の1回のダニの注射量は1500単位で、これは大人の人が一回に受ける量としても最高に近い量ですが、その注射を受けても殆んど局所反応がないようになりました。ですから、いかに早く始めることが、早くに量を増やすことができて、早くに良くなることができるということになります。このことを申し上げて私の講演を終わらせていただきます。
以下省略
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2009年10月24日

NHK夕時ネットに物申す

2009年10月23日の夕時ネットで食物アレルギーの治療法についてアレルゲンを避けるのではなくむしろこれを少量ずつ摂取することによる試験的な治療法を成功例をそえて紹介していました。それについて以下の意見をネットを通じてNHKに発信しましたのでお伝えいたします。10月23日のNHK夕時ネットをみて
10月23日の夕方の番組で、食物アレルギーを治す試験的方法としてこれまでの常識とは逆にアレルギーの対象となるアレルゲンを避けるのではなくそれを食することで治そうという試験的方法が紹介されていました。その方法としてアレルギー反応が出ない微量のアレルゲンにあたる食物を食べることから始めて摂取量を少量ずつ増やしていくことによって治そうという方法が成功例とともに紹介されていました。治療期間がどれだけ必要とされるかについては医師が付きっ切り監視するなかでの2週間の入院例が紹介されていました。
 アレルギーの治療法については世界保健機関(WHO)によってアレルギー免疫療法がアレルギーの根本的治療法として認定されております。欧米ではこの治療法が確立され広く行われておりますが、日本では全く行われておりません。日本で行われているのは根本治療ではなくステロイド薬物による対症療法であります。この治療法はアレルギーの原因を除去するものではなく、その反応をある程度抑えようとするものだと専門家から聞いています。従ってこれはアレルギーを根本から治すものではありません。つまり日本にはアレルギーの根本治療法がないのであります。この点を改良していただきたく厚生労働省とアレルギー学会に働きかけ、また、国民的な問題としていただきたく幾度となくマスコミ(NHKを含む)にも働きかけてきましたが、現在に至るまで何らの改革の動きがありません。アレルギー免疫療法は花粉症、喘息、アトピー性皮膚炎のみならず、食物アレルギーを含むアレルギー全般を治療する根本治療法であることは欧米では広く知られています。私自身、重い喘息からこの治療で立ち直った生き証人であります。
なお、私のブログにこれまでの運動の経緯を記しておりますのでご参考まで。
URL:久我山アレルギー患者の会またはhttp://alergybyas.seesaa.net/
 公共放送としてのNHKに何とか国民的問題として戴きたくお願いいたします。
    久我山アレルギー患者の会発起人 
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2009年02月28日

NHK番組「白洲次郎」(2月28日夜9時放映3カイシリーズ)について

優れた番組に感激しました。出演している役者に憧れる視聴者も多いと思います。それ故に一言、苦言を申し上げます。
それは、タバコを吸うシーンが多くあることです。現在、ハリウッドの作品でもTV放映ものにはタバコを吸うシーンは避けられいるのが常識になっております。その理由は申すまでもなく、タバコの弊害への配慮であります。視聴者の視聴料に支えられた公共放送を自認されているNHKがタバコを宣伝することに加担するようなシーンを数限りなく含んだドラマを週末に放映することに憤りを禁じ得ません。かつて(半世紀も前です)、多くのハリウッド映画がタバコ産業の財政的支援のもとに有名俳優にタバコを吸うシーンを多く取り入れさせたということがあったと聞いております。NHKがタバコ産業の支援を受けてこの週末番組を制作しているのですか。直ちにタバコのシーンをカットしていただけるよう切に望みます。
一視聴者
posted by AS at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月09日

日本アレルギー学会理事長へ要請書簡を発送

全国のアレルギー疾患に悩む皆様へ
長屋宏医師からの要請も勘案し、先般升添厚生労働大臣に郵送した書類を下記の書状と共に本日、日本アレルギー学会理事長へ郵送しましたので、その旨お伝え致します。
久我山アレルギー患者の会発起人as

東京都文京区本郷1−35−26
石水ビル7階 日本アレルギー学会
理事長先生殿 
謹啓 
時下益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。突然のお手紙を差し上げる無礼をお許しください。
 私は久我山アレルギー患者の会の発起人であります。これまで請願による方法も含め、2度に亙って当会の有志と共に厚生労働省にアレルギーの医療改革を求めて陳情に参っておりますが、政府側からは、アレルギー学会や製薬業界などからの要請がないとの理由により、今日に至るまでアレルギー医療行政については何らの変化の兆しも見られておりません。
 私は当患者の会を代表し貴殿に我々の目指すアレルギー医療改革にご尽力していただきたく、切にお願い申し上げます。
 お願いは、一にも二にも、現在、日本で行われている50年前から続いているアレルギー医療を改め、アレルギーの根本治療法としてWHOが認定している最新レベルのアレルギー免疫療法(アメリカでは広く行われています。)を一刻も早く日本に実現していただきたいということであります。
同封の書類コピーは私どもが要求の根拠とする理由を示すものであります。
現在日本の医療機関で行われている薬物による彌縫的な対症療法のレベルでは根本的なアレルギー治療になっておらず、多くのアレルギー疾患に悩む患者のために一刻も早い対応をお願いいたします。
平成20年6月9日 
謹白
久我山アレルギー患者の会 発起人as

同封書類
1.本年2月23日アレルギー週間中央講演会への感想と提言
2.久我山病院アレルギー科部長長屋宏医師による東京都庁への嘆願書簡のコピー
(升添要一厚生労働大臣へ同文郵送) 以上
posted by AS at 14:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月19日

舛添厚生労働大臣へアレルギー医療改革を箴言する書状を発送

全国のアレルギー疾患に苦しんでおられる皆様へ
標記につき、本日付で以下の書状を発送しましたことを報告いたします。なお、添付書類については、本ブログの該当日記をご参照ください。 久我山アレルギー患者の会発起人  as

東京都千代田区霞ヶ関1−2−2
厚生労働省
舛添要一大臣殿
謹啓 時下益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。突然のお手紙を差し上げる無礼をお許しください。
 私は久我山アレルギー患者の会の発起人であります。これまで請願による方法も含め、2度に亙って当会の有志と共に貴省にアレルギーの医療改革を求めて陳情に参っておりますが、今日に至るまで何らの変化の兆しも見られておりません。
 私は当患者の会を代表し貴大臣に直接アレルギー医療改革にご尽力していただきたく、切にお願い申し上げます。
 お願いは、一にも二にも、現在、日本で行われている50年前から続いているアレルギー医療を改め、アレルギーの根本治療法としてWHOが認定している最新レベルのアレルギー免疫療法(アメリカでは広く行われています。)を一刻も早く日本に実現していただきたいということであります。
同封の書類コピーは私どもが要求の根拠とする理由を示すものであります。
現在日本の医療機関で行われている薬物による彌縫的な対症療法のレベルでは根本的なアレルギー治療になっておらず、多くのアレルギー疾患に悩む患者のために一刻も早い対応をお願いいたします。
平成20年5月19日 
謹白
久我山アレルギー患者の会
発起人

同封書類
1.本年2月23日開催のアレルギー週間中央講演会への感想及び学   会・政府への提言
2.久我山病院アレルギー科部長長屋宏医師による東京都庁への嘆願書  コピー(都庁より貴省へ再提出されたい旨の依頼あり。)
posted by AS at 11:43| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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